社会福祉法人についての連続投稿は残り2・3回となった。今回は、社会福祉法人改革にむけて、当事者団体がどう立場を変えていったかを史料に基づいて、書いてみたい。もし、この投稿を読まれた方がいらっしゃったら、この経緯をよく考えてほしい。何故、Looker-onが社会福祉を「社会福祉」というかという理由もわかると思う。
当事者である社会福祉法人側は、社会福祉法人制度の課題をどのように考えていたのかを調べてみよう。先ずは、各市町村、各都道府県ごとに社会福祉法人は協議体(社会福祉協議会)を設け、さらに全国組織として全国社会福祉協議会(社会福祉法人 略称:全社協)が上位組織として存在している。全社協は、以前の投稿でも平成18年(2006年)「社会福祉法人経営の現状と課題―新たな時代における福祉経営の確立に向けた基礎作業―」の作成に社会福祉法人研究会の一員として関与し、その公表出版まで担ったことを示しておいたが、その先立つ27年前に社会福祉法人丸紅基金の助成をうけて、研究会を立ち上げ、「社会福祉法人の現状と展望 民間の独自性の発揮と処遇の向上のために」を全社協で出版している。
研究会の構成員は、以下の通り。
研究会委員
◎主任研究員
重田信一(大正大学教授)
◎研究員(太文字は、作業小委員会委員)
福田垂穗(明治学院大学教授)
秋山智久 (明治学院大学助教授)
斎藤 謙(青山学院女子短期大学教授)
川崎満治(社会福祉法人湘南アフターケア協会理事長)
長谷川重夫(社会福祉法人東京育成園理事)
森田信行(社会福祉法人花園保育園理事)
小国英夫(社会福祉法人健光園理事長)
永田幹夫(全国社会福祉協議会事務局次長)
河田正勝(全国社会福祉協議会福祉部長)
委員11名は、学識経験者4名 社会福祉法人役員4名 全社協2名で構成されており、昭和53年(1978年)3月~昭和54年(1979年)6月、15ヶ月にわたって、全社協の下に、研究会(全体会)9回、作業小委員会7回を開催し、まとめたものである。
研究の目次は、以下の通り。
序 社会福祉の動向と課題
第1章 社会福祉法人の基本的性格
(1)社会福祉法人制定時の理念
(2)「社会保障制度に関する勧告」と社会福祉法人
(3)民法上の公益法人の不備の是正
第2部 社会福祉法人の公共性
(1)「公共性」の概念・・・・・・私有性の排除
(2)「公共性」の概念・・・・・・歴史的性格
(3)公共性の構造転換
第3節 社会福祉法人の独自性
(1)民間社会福祉の独自性
(2)民間社会福祉の特色と問題点の改善
第4節 民間社会福祉の独自性と経済的基盤 16
(1)公的助成と民間社会福祉
(2)民間社会福祉事業への委託
(3)民間社会福祉への警告
第2章 社会福祉法人の組織と運営
第1節 組織と運営の基本的留意事項
第2節 組織と運営の望ましいあり方
(1)役員および評議員に期待される共通要件
(2)理事について
(3)理事長について
(4)監事について
(5)評議員について
(6)「地域協力会(仮称)」構想について
(7)法人運営と行政
(8)法人運営と社協活動
第3章 社会福祉法人の財源
第1節 問題の設定
(1)法人財政の構造
(2)委託事業の「專業化」傾向
(3)財政面の2つの課題
第2節 法人運営財源の現状
(1)財源調達の困難性
(2)法人の必要経費の増大
第3節 施設整備借入金の償還財源
(1)施設整備借入金の増大とその要因
(2)募金活動の現状とあり方
(3)収益事業の考え方
(4)公的補助の現状とあり方
第 4節 民間資金造成の課題
(1)共同募金の現状と課題
(2)その他の民間資金の現状と課題
(3)法人独自の基金拡充の課題
研究報告の要約と今後の課題
付
第1章/資料
第3章/別表
付論/措置費の運用について
通知/社会福祉法人認可基準の改正及び監査指導要綱の制定
目次を見るだけでも、この研究会の問題意識は明らかだが、この研究会が民間社会福祉事業の問題をまとめた表があるので、引用しよう。
「民間社会福祉事業の問題点―問題点は改善されたか」(P15-16 一部Looker-onが編集)


社会福祉事業法が成立したのは、1951年であるから、上記の表は、社会福祉法人制度を当事者側から10年・30年ごとに評価した資料とも言える。1979年時点で、社会福祉法人(特に社会福祉施設)をめぐる情勢の変化についても以下のようにまとめている。
(P14)
①福祉行政に規定された福祉施設という性格の強化
イ措置費の飛躍的增大
ロ社会福祉施設最低基準や行政通達による体系整備
②福祉サービス供給体制の変化
イ施設ケアをとりまくコミュニティ・ケアや在宅福祉サービスの抬頭
ロ地域社会に機能する施設への志向(施設の社会化)
ハ施設化(deinstitutionalization)の構想(ノーマリゼーション、インテグレーション)
③施設処遇の変化
イ施設の固有機能の再検討と専門化
ロ処遇論の抬頭(各種施設調査の増大)
④専門職員の変化
イ施設職員の量的増大(約40万人)
ロ施設職員の質的向上
いくつか論点があるのだが、先ずこの報告書の総論的な部分で指摘するならば、社会福祉事業及び社会福祉法人について、「公益性」という用語を用いた文章は確認されない。むしろ、
「社会福祉事業の純粋性をもち、公共性をたかめ、社会的信頼をえるために、社会福祉法人という特別法人の制度をもうけ、名称保護の規定、資産に関する規定等をつくって財政的基礎を強化し、定款の必要記載事項を整備して、理事、監事、評議員会等の機関を整備し、収益事業に関する規定をはっきりさだめて、監督を苦にするとともに、育成の措置を講じ、合併の制度をもうけて、弱小法人の強化をはかり、解散時における財産処分の適正を期し、さらに公の支配に属する社会福祉法人に助成の途を講じ、 免税の措置を考慮するなど、法入の健全な育成の方途を講ずることとした」(「厚生省20年史」1960. 404頁)。
とした厚生省20年史に基づき、本研究報告書においては、社会福祉事業の「純粋性」「公共性」及び民間社会福祉事業の独自性の保持、存在意義についての考察が展開されている。
本報告書から推察されるのは、社会福祉事業の本質について、厚生省も全社協も「公益性」というものは、問題とされず「公共性」に置いていたということが見て取れる。
一方で、本報告書の「民間社会福祉への警告」という部分には、その問題意識及び危機感が集約されている、
「(3) 民間社会福祉への警告
公的福祉が民間に比べて特にすぐれているというわけでもないが、民間社会福祉事業がその精神(民間性)を失なって堕落しているという論議とそれを憂うる声の歴史は古い。
1938年(昭和13年)、社会事業法が制定された時にすでに次のような指摘と予言とが存在していた。 「国策の一翼として社会事業を観る場合,社会事業にも亦当然統制時代の来ることは予想せられて居った。この意味からすれば社会事業法に統制が規制せられたことは立法当局の努力を一応感謝してもいい」
「然し行政担当者の主張及行為に付,不当にして進展を害する憂ある場合は、泣寝入等絶対排し、私設社会事業全体の為に断然反撃すべき意気が必要である。」
(松島正儀「社会事業法と私設社会事業」『社会事業』22巻4号,“社会事業法実施記念特輯”1938 年7月,23頁。)
これは先に述べたように、公共性を装った擬制的公共性による、過度の抑圧(統制)に対する民間社会事業家のひそやかなる恐れ (予感)と民間社会福祉の純粋性を守っていこうとする意気込みであったのである。
また戦後の混乱の中で当時の民間社会福祉を否定しようとする風潮に対して疑念をいだいた声がある。
「『私的社会事業の将来』と言う事は現代社会事業の諸問題を論ずる時の一つの逸すべからざる問題となりつつある。『私的社会事業の存在理由』そのものが根本的に疑われんとして居るからである。 此の問題に対し最近の有力な見解として現代社会事業の公営化、従って私的社会事業に対する消極的否定的見解と、之に対する私的社会事業自体の側に於ける悲観論若くは逆に単なる独りよがりの強気一点ばりの態度に私は深い疑いを抱く者である。」
(大谷嘉朗「社会保障制度と私的社会事業…私的社会事業の新生面」『社会事業』31巻10号,1948 年10月,15頁。)
そして1951年の社会福祉事業法成立後数年して、同じような憂いの声が生じている。
「現代における民間社会事業は、むしろ独自性を発揮するということよりは、公営化の傾向を甚だしく顕著ならしめている。民間社会事業の特質の一つとしてもっとも高く評価された『開拓的』『先駆的』 機能は、現実的には漸次稀薄化の一途をたどりつつある。このことは、一面においては国家責任主義における公営施設の不足による所謂私的サービスの購入方式の結果ともいえよう。それとともに民間社会事業における経済力の薄弱と、先駆的開拓的意識の減退とに、つながりをもつものともいえよう。」
(谷川貞夫「巻頭言:民間社会事業の独自性の探究」『社会事業』38巻7号,1955年8月,2頁。)
そして現在、一部には民間社会福祉不要論や公的事業の「下請け」肯定論が横行している。
こうしてみれば、ここ半世紀における我が国の民間社会福祉事業の歴史は、(1)過度の公的統制、(2) 時代の風潮、(3)公金への依存、(4)民間社会事業関係者の意欲の減退等によって、常に誘惑と堕落の危険にさらされていたということができよう。今もなおその時期であるのか、はたまた新たな発展の時であるのか。」
措置委託費の飛躍的増大の中で、本報告書では、「社会福祉協議会や共同募金会等を除けば、殆んどの社会福祉法人は委託事業のみを営んでいるというのが今日の姿である。」と委託事業の「専業化」傾向(P31)に対する強い危機感が表明されている。それによって、行政の下請け機関と化し、民間社会福祉事業の特質である「開拓的」「先駆的」が失われ、ひいては「独立性」が損なわれていくことへの恐れが、報告書表題の副題にも見て取れる。
委託事業による「専業化」による「独立性」の喪失という危機感は、これまで取り扱ってきた「公私分離の原則」や社会福祉事業の準則を遵守する立場から社会福祉法人を発展させていく立場からすれば、至極当然な表明であったと言える。
先の比較表を踏まえるならば、1962年時点では10年たったとはいえ、社会福祉法人制度は、公益法人から移行してきて来た創成期であった影響もあってか「個人的、恣意的、慈惠的な横向」や「公私混同しやすい(財産の管理、施設の運営と共に経営者や職員の私生活が分離されにくい)」という零細、家族主義的な経営が払しょくできていなかったと推察される。
これまでも引用してきた「順調に発展する社会福祉法人-その制度と現状を見る―」(斎藤治美 厚生省社会局庶務課所属 「時の法令」1961年10月13日号 巻頭論文)によれば、
「昭和35年4月から36年6月までに設立認可された社会福祉法人のうち、施設を経営する37法人について、厚生省社会局児童課が資産保有状況を調べたところによると、資産総額100万円未満の法人は4、300万円未満は12、500万円未満6、700万円未満3、900万円未満4、1500万円未満2、2000万円未満3、2000万円以上3となっている。」
とし、「全体の三分の一強が500万円以上の資産を保有しており、資産総額1000万円以上の法人が二割近くに達している。」と肯定的な評価を下しているが、500万未満の社会福祉法人が22法人、中央値も300万円未満と、資産規模が零細な法人が、6割を占めているのが現実であり、その内実は、
「(四) 保育所をめぐる問題
34年2月末現在で厚生省がおこなった 全国社会福祉施設調査によると、全社会福祉施設数の実に72%を、地方公共団体および民間の経営する保育所が占めており、民間社会福祉施設だけについてみると、保育所の占める比率は、約76%とさらに高い。このように、社会福祉施設の中で保育所の数が圧倒的に多いことの理由としては、
(1)保育所開設の要望がきわめて強いこと。
(2)他の社会福祉施設とちがって、地域の一般住民の利益との結びつきが強く、保育所の設置に関しては、設置主体側も利用者側もともに熱心であるため開設の要望が実現されやすいこと。
(3)通所施設であるため、施設の最低基準が収容施設に比較してゆるやかであり、したがって、比較的小額の投資で簡単に開設できること。
などがあげられる。
ところで、これら民間保育所の経営主体を調べてみると、社会福祉法人の経営のものは、全体のわずか12%程度にすぎず、約10%が民間の公益法人経営によるもの、そして、実に60%以上が個人経営によるものなのである。このようなことは、他の社会福祉施設にはみられない現象であり、これによっても、保育所は、いかに小規模のものが多いかがわかる。
個人による保育所の経営には、いろいろ好ましくない弊害をともないがちであり、社会福祉事業の本来のあり方としては、これを社会福祉法人の経営によらせて健全な経営をはかることが望ましいのであるが、他方、法人格を与えるにはあまりにも小規模で財産的基礎の薄弱なものが多いところに、保育所特有のジレンマがあるのである。」
と、保育園を経営する法人に課題が集中していたと思われる。
その27年後の1979年において「法人の統合がいわれながらも、弱小法人は増大している(特に保育所)。」とわざわざ保育所と断わって、弱小法人が増えていることを報告している。これらの事象を一本の線として考えるならば、委託事業の「専業化」は、保育所を経営する弱小法人を中心に行われ、社会福祉法人の純粋性、公共性、民主化といった中心理念が希薄化していっているという情勢認識をこの報告書は暗に伝えていると思われる。
少しわき道にそれるが、社会福祉事業における「公共性」とは何を意味するのかLooker-onの考えを述べておきたい。これまで、「社会福祉」とは日本国憲法においてはじめて定立された法律用語であり、それは「制限能力者も含めて全主権者が、最低限憲法に定められた基本的人権の実現・行使が保障される」状態であることを示してきた。従って、社会福祉事業とは「制限能力者も含めて全主権者が、最低限憲法に定められた基本的人権の実現・行使が保障される」社会を実現する事業であり、ミクロ的には権利侵害されている個人(クライアント)の救済及び権利行使ができるエンパワメントであり、メゾ・マクロ的に言えば、「最低限憲法に定められた基本的人権の実現・行使が保障される」生活環境や地域社会の創出が目標となるものである。「公共の福祉」とは、「最低限憲法に定められた基本的人権の実現・行使が保障」され、全主権者がその社会の恩恵を享受している状態と言い換えてもいいだろう。この「公共の福祉」の実現のために社会福祉事業は存在しているのであり、それ故本質として「公共の福祉」の実現を目指す「公共性」を属性としているのである。ミクロ・メゾ・マクロを統一的に把握し、解決策を探っていく方法論としては、現在「人間と環境の相互作用」によって生活課題が発生するとするソーシャルワークが有効であり、そのソーシャルワークは本質的に民主主義を求めている。従って、社会福祉事業を行う支援者集団は、クライアントや社会に対してはソーシャルワークを、組織内的は民主主義的秩序の構築が要請される。これは両輪の輪のようなものである。支援者集団内が、一部の人間による専制的、独善的で他の支援者の権利を抑圧する組織であるならば、外に向かって権利擁護を行えるだろうか?ここに、社会福祉事業において、運営の民主化が求められる原理的な理由があると考えている。我が国の場合、社会福祉事業は是非はともかくとして、公の独占事業としなかった。しかし、「制限能力者も含めて全主権者が、最低限憲法に定められた基本的人権の実現・行使が保障される」社会の実現は、主権者の権利でもあれば、義務でもある。ここに民間においても社会福祉事業を担う理由があるのである。また、社会福祉法人は「公共の福祉」の実現に向けて、事業を拡大し、社会・地域の変革を担っていかなければならず、そのためには事業の拡大もいわゆるミッションとして組み込まれなければならないのである。また、現場の支援集団が、社会福祉事業に熱心に取り組めば取り組むほど、ソーシャルワーク的な価値観や倫理観が求められる。その度合いにより、同僚・上司との人間関係、法人内のルールにおける職場内や法人内の非民主主的な要素が際立ってきてしまう。ここに矛盾や葛藤が生じ、組織は変化向上していくか、支援者集団が燃え尽きてしまうかするのである。
この立場から言えば、本報告書は、社会福祉事業の「公共性」を概念的に追求するのではなく、「社会福祉法人の公共性」を論じたことは、「公共性」の概念を矮小化・混乱させてしまったきらいがある。
先の厚生省20年史で語られているのは、社会福祉事業の「純粋性」「公共性」であり、社会福祉法人のそれではない。社会福祉法人は、社会福祉事業の「純粋性」「公共性」を実現するツールとして創立されたことだ。しかし、本報告書では、「公共性」とは、
「(1)「公共性」の概念・・・・・・私有性の排除
民法上の公益法人が特殊法人としての社会福祉法人として強化された際の眼目の一つには、少数の理事による事業経営の専断を排除し、社会福祉事業の目的にそった民主的・近代的な経営を図ろうとすることがあった。
このことは、現時点においても同様の問題が存在し、特にその創設時において私有財産を寄付した創立者としての施設長が理事長をも兼ねているような施設においては、今なおいわゆる施設の「私物化」がなされている場合がある。それは具体的には、施設会計の不明瞭さ(職員にほとんど知らされない)、理事会の形骸化、人事の専横などとなって現われている。一口で言えば、民主的な真の意味での話し合いの場と経営がないということに尽きる。
こうした私有性を排除するために、施設が公共的な場であり、その経営も施設長によって専断的に行なわれてはいけないという考えが。「公共性」という理念によって表現されているのである。使って、この場合の公共性の概念は、施設長(または理事長)に対するものと言えよう。」(P10)
また、本報告書では、「行政による過度の監督強化は疑似公共性であって制度や財政よる権利保障や生活構造の擁護は本来的公共性であり、『国がやっていることは当然公共的』というかんがえをチェックし、行政の側の公共性から『市民から見た公共性』へという見直しがあるのである。」(P11-12 )さらには、「社会福祉施設の公共性(人権保障と生活構造の擁護)」とする用語もみられるのである。
まだ、社会福祉法人が社会福祉施設運営のツールとしか位置付けられていなかった時期を反映したものともいえるが、以上まとめると、本報告書における社会福祉法人の「公共性」とは、①公共財②社会福祉施設の目的自体が公共性を持つものであり、公権力に対して、恐れず(下請け機関という理由でへりくだるのではなく)、正当な要求をする役割があるとしているが、その理由は、ハーバーマスまで引用するが明確であるとは言えない。
また、巻末に所収されている作業メモでは、「社会福祉法人の公共性」の現状として「公法人としての公益性に認識がとぼしく、私有意識が強い。」(この文節のこの一句にだけ「公益性」が出てくる)
公益性の内容として、
① 一労働者としての職員処遇が確保されていない
② 入所者に対する偏見がある
③ 公共物を私有化している
④ 地元住民との協調性に欠ける
⑤ 労基法関係の諸届等が順守されていない
⑥ 給与規程等がない、あっても有名無実
⑦ 入所者預り金の管理、遺留金品の処分が不明確
・私有意識の問題・・・・・・法人設立の条件である資産=私有財産の移管によってなされている。私財を寄付することと、法人を設立し運営管理を行うことと混同している。
をあげており、職場の民主化、権利擁護、地域共生の意識に乏しいということも「公益性」という括りで語っているので、そもそも「公益性」の定義が不明確になってしまっている。
*後の法整備で、「不特定かつ多数の者の利益」(公益認定法)「不特定かつ多数のものの利益」(特活法)と定義されたが、現在の定義でも本報告書の使い方は外れている。
総じて、理論的な整理が十分なされているとはいえず、どちらかというと「べき」論であるので、公益法人や憲法とかは難しくても活動する地域の慈善事業家、篤志家(いわゆる憲法第89条にある慈善から動員される事業家)の心にどれほど響いただろうか?
前に記載した通り、いずれにせよ、全社協や厚生省が、社会福祉法人に「公益性」を置いたとは考えられず、むしろ「公共性」によって説明をつけようとしていたのだ。
しかし、その後、全社協も厚生労働省も、社会福祉法人経営研究会にみられるように平成18年(2005年)には、社会福祉法人=非営利公益団体という立場に変質した。これまでの投稿で、この改編は憲法上、法律論上根拠はないと繰り返し述べてきたが、根拠となりそうな論文を見つけたので、紹介したい。
「社会保障改革の立法政策的批判―2005/2006年介護・医療改革を巡って―」(堤修三 著 (株)社会保険研究所発行 2007年)第8章「社会福祉法人制度は存続し得るか」(「社会保険旬報」2007/1/11・21号掲載論文を一部加筆)において、公的介護保険の父とも呼ばれている堤氏は、
「このように、設備費補助の対象となり、国・地方が事業実施を委託できる主体と位置づけられたのが社会福祉法人であるとすると、措置制度から契約制度に転換され、設備費補助も縮減される事業分野においては、社会福祉法人の位置づけは、当然、変化してくるはずである。その場合、創設時の社会福祉法人についての解説(「社会福祉事業法の解説―第2次改訂版」を指す。)では、社会福祉事業の「純粋性」を保ち、「公共性」を高めるために設けられたという説明がなされているが、契約制度への転換後においては、「公共性」というより、公益法人という原点に立ち戻って「公益性」に焦点を当てて社会福祉法人の在り方を考えるべきであろう。」として、社会福祉事業に「公益性のある社会福祉事業」という概念を持ち込んだ。
論文構成を見ると
1 社会福祉法人制度の創設
2 特別養護老人ホームと社会福祉法人
3 公益性のある社会福祉事業と社会福祉法人
4 公益法人制度改革との関係
5 社会福祉事業のスペクトラム
「公益性のある社会福祉事業」という用語が創出された背景には、①従来、福祉事務所の権限で措置委託により行われたサービス提供体制に、社会保険制度(公益制度)を利用した利用契約制度による当事者利用制度が導入された②その中で、社会福祉法人減免制度のように、法人の努力で減免を行う行為を慈善行為とみなしたという点があったと推察される。
しかし、事業者が受け取る給付が、措置委託費であろうが保険給付・自立支援給付であろうが、事業者にとってはいずれも公的な規制が厳しく定められた給付であることには変わりがない。むしろ、介護保険給付のほうが、匿名の税金である措置委託費より、まさに介護保障のために徴収された保険料で拠出されている介護保険給付のほうがリアルな給付であり、それ故何に使用するかその規格・運営基準が定められているがゆえに措置委託費より規制の度合いは厳しいと考えたほうが実態に即している。自立支援給付も、財源は匿名の税金であれ本体報酬についても加算についても厳密な運用基準が定められ、それに違反していないかチェックされている。そこに民間の独自性が発揮できる余地はなく、示された運用基準を守らなければならない。むしろ画一化(標準化)の傾向は強くなっているとは言えないだろうか。利用契約制度によって、利用者の制度選択権は拡大した可能性はあるが、民間社会福祉事業者の「専業化」「下請化」は進み、独立性・独自性・開拓性は損なわれているのである。(それかよほど才覚のあるセンスやコネ・人脈がある経営者だけが生き残っていくかだ)
ただ、堤論文は「公益性のある社会福祉事業」という概念を持ち込むことにより、その後の社会福祉法人改革に大きなお墨付きを与えたような気がしてならない。
最後に、こうした変質の悪影響について、一つ例示しておきたい。
全社協は、2014(平成26)年度福祉施設長のあり方に関する検討会事業を実施し、「福祉施設長のあり方に関する検討会」報告書を公開している。
その一節(P2-3)より
社会福祉法人創設時の意義は、1961(昭和36)年、『時の法令』に掲載された「順調に発展する社会福祉法人―その制度と現状を見る」 (斎藤治美)において、以下の3点が指摘されている。1
第一に、民間社会福祉事業の経営主体の財産的基礎の充実をねらい、社会福祉事業の公益性と純粋性を確保し、ひいては、社会福祉事業に対する社会的信用の回復をはかったことにある。経営の基礎の確実なもの、事業成績の優良なものだけを社会福祉法人として認可することによって、他の一般の経営主体との間に一線を画そうとしたのであった。 |
第二は、社会福祉事業の民主化である。社会福祉事業法は、第五条経営の準則で、公私分離の原則をかかげて社会福祉事業に関する公私の責任を明確にし、国および地方公共団体は、社会福祉法人など民間の社会福祉事業経営者に対し、その自主性を尊重し、不当な関与を行ってはならないとしている。また、特定の個人による独断専制を防ぐため、社会福祉法人は三人以上の理事の合議によって管理・運営されることとされ、役員の同族支配も排除されている。 |
第三には、社会福祉事業に対する国または地方公共団体の助成の道をひらいたことである。 |
(*1 引用元『時の法令』402号、斎藤治美、1961年、雅粒社編、朝陽会発行、P2, P3)
これらは、社会福祉法人制度創設当時の社会福祉法人の意義を明確に示しており、 今日の社会福祉法人の使命や責務にかかる思想をうかがうことができる。
一方、社会福祉事業法によって公私の責任分離の例外として社会福祉法人が創設されたが、その後の経営は、措置委託が社会福祉事業経営の中心となり、福祉サービスの安定供給と制度発展に寄与した反面、福祉施設が福祉サービス提供の窓口としての役割を担っていくにつれ、社会福祉法人自体の存在感は薄れ、主体性の欠如が指摘されるようになった。*2
(*2参考文献:『社会福祉施設経営管理論 2015』武居敏最害、2015年,全国社会福祉協議会、P34)
斎藤論文のこの部分は、社会福祉法人が創立当初から公益法人であることを暗に示す為にも重要な史料として、引用されており、全社協が行う社会福祉施設長資格認定講習で使われるテキスト「社会福祉施設経営管理論」にも引用されている。
引用されている「順調に発展する社会福祉法人―その制度と現状を見る」の原論文は、少なくともLooker-onの住んでいる都道府県の中央図書館には保存されておらず、結局国立国会図書館に所収されていることを発見した。閲覧のため、送信サービスを利用し、原文を拝読することができた。
賢明な読者は、お分かりであろうが、この斎藤論文はさりげないが、重大な誤引用がされている。
実際の論文部分を引用する。
第一に、民間社会福祉事業の経営主体の財産的基礎の充実をねらい、社会福祉事業の公共性と純粋性を確保し、ひいては、 社会福祉事業に対する社会的信用の回復をはかったことにある。経営の基礎の確実なもの、事業成績の優良なものだけを社会福祉法人として認可することによって、他の一般の経営主体との間に一線を画そうとしたのであった。 |
「公共性」とすべきところを「公益性」としたのである。これまで、様々な文献を紹介してきた読者なら、斎藤論文は「社会福祉事業法の解説」を踏まえて記述していることも分かっていただけると思うし、この誤りの重大性も気づいてくれると思う。(この誤引用は、少なくとも2011年~2018年社会福祉施設経営管理論まで行われていた。名誉のために付け加えるなら、現在のテキストでは、訂正されている。ただし、「福祉施設長の在り方に関する検討会」報告書については訂正はされていない。)
この誤引用が意図的な物なのか単なるミスだったのかは分からない。ただ、孫引きや引用された史料・資料は、自分の目で確認することは絶対必要であると確信した事例である。当事者であっても、事実は改変される。だから、どうしても「社会福祉」と鍵かっこをつけてしまうのだ。