前回の投稿をアップしてから、年度末に向けてバタバタが加速し、予算編成や人事など来年度の準備に青色吐息なありさま。障害者支援施設を考えるシリーズや衆議院選挙の結果に思うこと等々書きたいことはあるのだが、いかんせん準備も必要で、推計をする数式をいじったり、日本の家族史や過去の外交評論を読んだりとしているのだが、もう少しその方面はお待ちいただくことになると思う。
障害者支援施設に勤務しているので、毎月、独立行政法人 国立重度知的障害者総合施設のぞみの園からニュースレター(https://www.nozomi.go.jp/investigation/)が届く。おかげで、強度行動障害支援や高齢化についての国レベルの研究や実践動向を見ることができる。強度行動障害支援は、障害福祉分野では中心的な課題となり手厚い研究や研修が行われるようになり、Looker-onがこの職に就き、行動障害について取り組み始めたのが、30年ほど前。その時のコツコツと勉強会や数少ない研修を自分で探して参加していたことを思うと隔世の感がする。
令和5年3月30日「強度行動障害を有する者の地域支援体制に関する検討会」報告書が公表され、強度行動障害支援体制は、これまでの強度行動障害支援者養成研修(基礎・実践)の課題を踏まえて、OJTによる「中核的人材」の育成、面的な展開ができるよう「広域的人材」の配置を打ち出した。中核的人材育成については、研修プログラム開発の一環として一部の協力自治体を対象としたモデル事業を行い、令和6年度から障害福祉サービス等報酬改定による加算算定要件に組み込まれたことから中核的人材養成研修が全国的に行われることとなった。支援体制は新たな局面を迎えたわけである。
変化したこととして、
①ガイドライン的なベストプラクティスから、支援方法については、「障害特性を正しく理解し、根拠ある標準的な支援」(以下、標準的支援と略する)と命名し、標準的支援を「個々の障害特性をアセスメントし、強度行動障害を引き起こしている環境要因を調整する支援」と規定した。
②中核的人材の役割としては、「組織の中で適切な指導助言ができる現場支援の中心」であり、求められスキルとしては、①自閉スペクトラム症の特性・学習スタイルを説明できる②構造化の意味を説明できる③機能的アセスメントが実施できる④家族の不安等を理解し共感に基づく信頼関係が構築できる⑤特性を生かした支援を提案できる等が設定された。
*当然のことながら、アセスメントの二大ツールの一つは、「氷山モデルシート」である。これまでも触れたとおり、「課題となっている行動」=本人の特性×環境・状況で分析するシートである。二つ目は、機能的アセスメントを視覚的に整理する「ストラテジーシート」(国立障害者リハビリテーションセンターHP https://www.rehab.go.jp/application/files/1916/3063/6226/12_A4.pdf)である。
Looker-onは強度行動障害支援の研究史に触れた記事で、ベストプラクティスが飯田雅子氏の研究チームの32事例という限られたデータから抽出した教訓であってとても「ベスト」と言いえるものではないと批判したが、まだ強度行動障害に対する支援の指針としては妥当性を感じる部分があり、これまでの研究史の伝統に乗っ取った部分があった。
| ①構造化を図ることで本人に了解しやすい環境整備 ②話しことばに依存しない視覚的なコミュニケーション方法の活用 ③ 薬物療法を代表とする医療との連携 ④キーパーソンを中心に信頼を回復できる対人環境 ⑤静穏環境を整え知覚過敏への予防 ⑥生活のリズムを整え生理的な快適さを生み出す等をあげている。 ⑦自立してできる活動を見つけ成功経験を積む ⑧十分な時間をかけて対応する |
しかし、この「標準的支援」の定義を見ると、このベストプラクティスの③~⑧にある包括的な生活支援の部分は削除され、①・②にある構造化(TEACCH・PECS)や機能的アセスメント(ABA)に特化した行動主義的な支援技術が中心である。
厚生労働科学研究「強度行動障害のある人の豊かな地域生活を実現する「地域共生モデル」の理論の構築と重層的な支援手法の開発のための研究」野澤班によれば、「①地域共生モデルの全国アンケートでは、強度行動障害の利用者の処遇状況、支援スタッフの意識、法人や施設に必要なことなどを質問し、計2164件の回答を得た。現場での支援は「静かで刺激の少ない環境の提供」「マンツーマンの支援」が多く、応用行動分析やTEACCHプログラムなど専門的な支援は少なかった。」(概要版より)(強度行動障害支援者養成研修の受講77% マンツーマンの支援73% 静かで刺激の少ない環境の提供71% 応用行動分析29% TEACCH17%)として、ベストプラクティスの中にある静かな環境の提供やマンツーマン支援(キーパーソン支援)は否定的なニュアンスで語られている。また、中核的人材に求められるものを見ても、「構造化」「機能的アセスメント」が挙げられていることから見れば、「標準的支援」の実態は、TEACCH+ABAによる支援への一元化であり、そのスキルを取得したものが中核的人材なのだ。つまり、標準的支援・中核的人材で求められている支援者像としては、知的障害児者のサポーター・生活支援者ではなく、自閉スペクトラム症を持つ発達障害児者のトレーナーやインストラクターが想定されているのではないだろうか?
標準的支援やアセスメントツールを支える理論的根拠についても率直な疑問がある。
「強度行動障害を有する者の地域支援体制に関する検討会」報告書(1)強度行動障害の状態像と支援に次の一節がある。
| 「WHO によって平成13年に採択されたICF(国際機能分類)では「障害」の背景因子について、個人因子と環境因子という観点から説明されている。ICFにおける環境因子とは「物的環境や社会的環境、人々の社会的な態度による環境の特徴が持つ促進的あるいは阻害的な影響力」とされ、強度行動障害を有する者への支援にあたっても、知的障害や自閉スペクトラム症の特性など個人因子と、どのような環境のもとで強度行動障害が引き起こされているのか環境因子もあわせて分析していくことが重要となる。こうした個々の障害特性をアセスメントし、強度行動障害を引き起こしている環境要因を調整していくことが強度行動障害を有する者への支援において標準的な支援である。」 |
報告書のICF理解は正しいのだろうか?本投稿のテーマの一つは、これである。ICFの概念図とICFの解説書である「国際生活機能分類―国際障害分類改定版―」(編集:障害者福祉研究会 2002年8月刊 中央法規)に基づいて検討してみよう。先ずは、用語の定義から
| 健康との関連において 定義 心身機能(body functions)とは、身体系の生理的機能(心理的機能を含む)である。 身体構造(body structures)とは、器官・肢体とその構成部分などの、身体の解剖学的部分である。 機能障害(構造障害を含む) (impairments) とは、著しい変異や喪失などといった。心身機能または身体構造上の問題である。 活動(activity)とは、課題や行為の個人による遂行のことである。 参加(participation) とは、生活・人生場面 (life situation) への関わりのことである。 活動制限(activity limitations) とは、個人が活動を行うときに生じる難しさのことである。 参加制約(participation restrictions)とは、個人が何らかの生活・人生場面に関わるときに経験する難しさのことである。 環境因子(environmental factors)とは、人々が生活し、人生を送っている物的な環境や社会的環境,人々の社会的な態度による環境を構成する因子のことである。 |
ICFの生活機能モデルの図式化を再掲する。(「国際生活機能分類―国際障害分類改定版―」より)

ここで改めて確認しておかねばならないのが、そもそも「生活機能」とはどんな概念なのかということである。
「ICFの第1部である「生活機能と障害」の構成要素 (components)は、2つの方法で表現される。つまり一方では、問題点(例:機能障害 〈構造障害を含む〉、活動制限、参加制約。これらは障害〈disability〉という包括用語で要約される)を示すために用いることができる。他方では、 健康状況と健康関連状況の問題のない(中立的な) 側面、すなわち生活機能 (functioning)という包括用語のもとに要約される側面を示すこともできる。 」(P7)
国際生活機能分類は、国際障害分類の後継モデルだ。従って、例えば、片足の欠損といった心身機能・構造の問題が、どのような過程や作用を経て、生活上の不利や差別といった参加制約に陥るのかを、国際障害分類の単線的なモデル(機能・形態障害 (Impairment)→能力障害 (Disability)→社会的不利 (Handicap))ではなく、心身機能・構造、活動、参加の諸要素で、活動が活動制限に、参加が参加制約になっていく、さらに互いの要素の相互作用によって、障害として現象するモデルを示した。まずここはICFの中心的な部分として省略してはならない部分なのだ。
背景因子はICFでどんな役割を果たしているのだろうか?
「人の生活機能と障害は、健康状態(病気<疾病>、変調、傷害、ケガなど)と背景因子とのダイナミックな相互作用と考えられる。前述したように、背景因子には個人因子と環境因子の2つがある、ICFは本分類の基本構成要素である環境因子の包括的なリストを含んでいる。環境因子は生活機能と障害のあらゆる構成要素と相互に作用しあう。環境因子の基本的な構成概念とは、物的な環境や社会的環境 人々の社会的な態度による環境による、促進的あるいは阻害的な影響力である。」(P8)
さらに長文となるが、背景因子、そしてそれを構成する環境因子と個人因子の概念を明確にするうえで、引用する。
「4-3. 背景因子
背景因子(contextual factors)は、個人の人生と生活に関する背景全体を表す。それは環境因子と個人因子の2つの構成要素からなり、ある健康状態にある個人やその人の健康状況や健康関連状況に影響を及ぼしうるものである。
環境因子(environmental factors)とは人々が生活し、人生を送っている物的な環境や社会的環境、人々の社会的な態度による環境を構成する因子のことである。この因子は個人の外部にあり、その人の社会の一員としての実行状況、課題や行為の遂行能力,心身機能・構造に対して、 肯定的な影響または否定的な影響を及ぼしうる。
(1) 環境因子は、この分類の中では、次の2つの異なるレベルに焦点を当てて整理されている。
(a)個人的: 家庭や職場、学校などの場面を含む個人にとって身近な環境。人が直接接触するような物的・物質的な環境や、家族、知人,仲間、よく知らない人などの他者との直接的な接触を含む。
(b)社会的: コミュニティーや社会における公式または非公式な社会構造、サービス、全般的なアプローチ、または制度であり、個人に影響を与えるもの。これは就労環境、地域活動、政府機関、コミュニケーションと交通のサービス、非公式な社会ネットワーク、更に法律、規定、公式・非公式な規則、人々の態度、イデオロギーなどに関連する組織やサービスを含む。
(2) 環境因子は、心身機能,身体構造,活動、参加といった構成要素と相互作用する。各構成要素について、相互作用の性質と程度は将来の科学的な研究により解明されるべきである。 障害は、個人の健康状態と個人因子間の複雑な関係の結果として、またその個人が生活している状況を示す外部因子の結果として特徴づけられる。このような関係のために、異なった環境はある健康状態にある同一の人に対して、非常に異なった影響を及ぼしうる。阻害因子を含んでいたり促進因子のない環境は、個人の実行状況を制限するであろうし、より促進的な環境はその実行状況を向上させるであろう。社会は個人の実行状況を、阻害因子を作り出すこと(例:利用できない建物)で、あるいは配進因子を供給しないこと(例: 福祉用具が利用できないこと)で妨げる可能性がある。
個人因子とは、個人の人生や生活の特別な背景であり、健康状態や健康状況以外のその人の特徴からなる。これには性別、人種、年齢、その他の健康状態、体力、ライフスタイル、習慣、生育歴、困難への対処方法、社会的背景、教育歷、職業、過去および現在の経験(過去や現在の人生の出来事)、全体的な行動様式、性格、個人の心理的資質、その他の特質などが含まれるであろうし、これらの全部または一部が、どのレベルの障害においても一定の役割をもちうる。個人因子はICFには分類として含まれていないが、その関与を示すために図1には含まれている。この因子の関与は、さまざまな介入の結果にも影響しうる。」(P15-16)
この解説文から、背景因子の構成要素である「環境因子」とは、個人の外部にあるものであり、阻害因子や促進因子をうまく活用調整することで、生活機能や障害の相互作用に介入し、好循環を生み出す役割を果たすものと位置付けられている。
個人因子は、①健康状態(変調や病気)と②健康状況以外のその人の特徴(性別、人種、年齢、その他の健康状態、体力、ライフスタイル、習慣、生育歴、困難への対処方法、社会的背景、教育歷、職業、過去および現在の経験(過去や現在の人生の出来事)、全体的な行動様式、性格、個人の心理的資質、その他の特質)の二つの要素にさらに分類される。
さてここまで、ICFの要素について解説してきた。ここから細かい話になるが、報告書の一節が正しいかどうかを検討しよう。報告書では、「知的障害や自閉スペクトラム症の特性など個人因子」として、知的障害や自閉スペクトラム症を「個人因子」に分類されていた。②で例示されている要素にはどう見ても収まらないので、おそらく①の健康状態(変調や病気)の範疇に入ると考えたと解釈するのが妥当だろう。
「知的障害や自閉スペクトラム症の特性など個人因子と、どのような環境のもとで強度行動障害が引き起こされているのか環境因子もあわせて分析していく」という一節は、強度行動障害を健康状態(知的障害・自閉スペクトラム症)の特性が、環境因子にどのような阻害要素があるのかと分析する正に「氷山モデルシート」の枠組みに落とし込むと一致するのである。しかし、それは「ICF」と呼びながら、本来ICFが重視していた「生活機能」や「障害」を含む複雑な相互作用の過程や図式化を省略・消去してしまう、まったく異なる方法を提示しているのである。
これまでこのブログで、知的障害や自閉スペクトラム症について、ICFでは「健康状態」ではなく、「心身構造」に分類していることを明らかにしてきた。ここに分類されることで、ICFの核である「生活機能」や「障害」の分析が必然化し、多角的に行われるのである。報告書のこの一節は、すなわち「標準的支援」なるものが理論的には偏ったICF解釈の上に成り立っていることを示している。
たとえ、偏った解釈であっても、強度行動障害支援において有用なツールであるならば、使用する際に妥協できるものではあるが、実際アセスメントツールとして有効なのだろうか?
前の投稿で、例示した児童のICFを氷山モデルシートで解釈した場合、どのような差が出るか思考実験をしてみよう。

ICFモデルからは、この児童を取り巻く生活環境や生活機能について、以下のように図式化できる。
①知的障害・自閉スペクトラム症(心身機能)により、自分の気持がうまく表現できない・人の顔を見て接することができない(活動制限)となり、学校での好きな色塗り課題について好きな色が言えない、その為イライラして、他害・パニックとなり、別室に移動させられる(参加制約)
②家庭では、母親は新たに生まれた次男の育児で本人に手が回らないワンオペ育児(環境因子)のため、児童本人も弟に母親を盗られたと思い、弟に手を上げ、それを母親にさらに咎められ暴力を振るわれる(個人因子・環境因子)そのため、児童には自分より小さい子に対して八つ当たりの気持がある可能性がある(個人因子)
③ ①と②は心理的な側面としては関連しあっている可能性がある。
従って、
学校での支援については、児童に自分の気持を表現できるスキルを身に着けてもらう支援が重要となる。さらに、家族と連携し、ワンオペ育児の状況の改善と児童に兄としての自覚を持ってもらう教育を行っていくことが必要となる。また、このような癇癪、イライラについては医療面から児童が急性期の精神失調に陥っていないか(健康状態)を診断フォローしてもらう必要も出てくるであろう。
氷山モデルシートは、このICFから導き出される分析や支援の方向性がシートに落とし込めるだろうか?

先ず、「課題になっている行動」を以下の基準でピックアップする。
『発達障害児の問題行動その理解と対応マニュアル』(志賀利一)に基づいて
- 自分自身の生命あるいは健康に著しい危険を与える行動
- 周囲の人あるいは状況に著しい危険ないし混乱を与える行動
- 自分自身の意味ある活動への参加や学習を著しく妨げる行動
以上3つの条件のうち少なくともひとつに該当する行動となるものから選択する。
課題となっている行動
色塗りの課題の時、自分より小さい子を叩く、注意するとパニックになる(学校)(1・2・3該当)
生まれたばかりの弟を叩く(家庭)(2該当)
が、「課題となっている行動」と抽出される。
本人の特性
(ICFに書かれている情報)
自分の気持が伝えられない
トイレの水洗の音でも苦手
人の目が見られない
実際の運用では、「特性確認シート」に記載されている「社会性の特性」「コミュニケーションの特性」「想像力の特性」「感覚の特性」と言った自閉スペクトラム症寄りの診断基準に関係する行動特性を基準に具体的な行動特性(個人因子)を抜き出し、その特性に対応する明記はされていないが自閉症スペクトラム症の「認知・記憶/注意・集中/運動・姿勢」と言った背景要因をチェックする。
環境・状況
(ICFに書かれている情報)
普通学校特別学級に所属
母親は新たに生まれた次男の育児で本人に手が回らないワンオペ育児
実際の運用では、「環境確認シート」で示唆されている「人/物/場所/状況」の要素をあらかじめ用意されている「環境確認の視点」に沿って具体的な環境の評価を記載していく。
必要なサポート
実際の運用では、先述の「特性確認シート」に付加されている「支援のアイディア」(標準的な支援のアイディア群)から何を選ぶかを選択する。
総じて、自閉スペクトラム症の「社会性の特性」「コミュニケーションの特性」「想像力の特性」「感覚の特性」から単線的に説明しようとする内容であり、枠組みとしては国際障害分類の医学モデルで、対象障害は自閉スペクトラム症に限定されていると言っても過言ではない。
だからこそ、報告書では
「自閉スペクトラム症は発達早期に存在する脳機能の違いであり、社会性の特性、コミュニケーションの特性、想像力の特性、感覚の特性等の特徴が見られる。 こうした脳機能の違いに由来する特性に合わせた関わりや環境がないことで、 日々の生活に強いストレスを感じることや、見通しが持てずに強い不安を感じる状態が続くことが要因となり、強度行動障害の状態になりやすい。」
と医学モデルと見まがうような記述すら現れているのである。
*ついでに言うと、この氷山モデルシートは運用にあまりに約束事が多すぎる。確かに、運用に研修やOJTが必要なのも頷ける。座学や一度や二度のグループ演習で使いこなせる代物ではない。それは確かに、「中核的人材」育成研修のようにOJTで叩き込まないとこの複雑な運用は困難であろう。しかし、残念なことに氷山モデルシートの理論的基礎が、ICFの思想からかけ離れた逆行した医学モデルの要素が強すぎるが故に、逆行する支援にならなければと懸念するばかりだ。
「ICFは分類であり、生活機能や障害の「過程」をモデル化するものではない。しかし、ICFはさまざまな構成概念や面城を位置づける手段を提供することによって、過程の記述のためにも役立つものである。ICFが提供するのは、相互作用的で発展的な過程としての、生活機能と障害の分類への多角的アプローチである。これは利用者に「建築材料」を提供するものであり、誰でもこれを使ってモデルを作ったり、この過程を異なった側面から研究したりすることができる。この意味で、ICFは一種の言語とみなすことができる。それを用いて作られる文章の内容は、利用者の創造性と科学的志向性によって違ってくる。さまざまな構成要素間の相互作用についての現在の理解をよりよく視覚化するために、図1に示す図式が役立つであろう。」(P16 序論)
ICFが志向しているのは、誰もが直感的、視覚的にモデルを理解し、多面的な形でアセスメントできる共通言語である。その志向と比較すると、氷山モデルシートはあまりに硬直的で、非直感的である。
では、ICFのモデル化が完全なのかと問われると、Looker-onとしては不完全な部分があるとするしかない。それは、ICFがBPSアプロ―チ(生物・心理・社会的アプローチ)を理論的基礎に置きながらも、心理的要素、簡単に言うと「本人の気持ち・思い」が直感的・視覚的に表現されていない点である。先ほどの事例で言えば、児童が家庭でまだ母親に甘えたいという気持ちや兄として成長していくストレングスや絵画やクラスメート・教師に対する思いについては、支援者側が図式から想像力を働かして推察するしかないが、児童の行動の動機に大きな比重を占めているのは容易に推測できるし、教育的にいかなる言葉の選択が児童の心に響くのかも定まっていくはずなのである。ICFモデルはその点は個人因子に含んで事実を記載するだけで、児童の心理的要素については視覚化し得ていない。
かねてから、Looker-onは、TEACCH+ABAは、支援者としてマスト(より厳密に言えば、知識と最低の運用という意味においてマスト)であるが、知的発達段階・象徴機能レベルの限界性を踏まえて運用すべきと述べてきた。また、これまで、強度行動障害の機序・要因として、生物心理社会的モデル(BPSモデル)を採用すべきとし、医学的には、てんかんや薬剤起因性行動障害、生理的不快感(排泄等)といった要素の重視、心理的要素(PTSD、ストレス、今日的には虐待的体験等)の相互作用で分析することを述べてきた。従って、強度行動障害の支援手順は、医学原因の検索→行動的原因の検索(TEACCH+ABAによる介入)の順番で行うことも提唱してきた。
複雑な生物的、心理的、社会的要素の絡まり合いによって強度行動障害は発生しているにもかかわらず、単なる自閉スペクトラム症の支援方法で裁断する現在の「標準的支援」では支援者の心理的ストレスは解決しえない。事態は、そんな単純な機序で発生している訳ではないからだ。説明できないことは解決できないことにつながり、支援者の不全感につながるからだ。
こうした延長線上に、令和5年度~令和7年度厚生労働科学研究として、「強度行動障害のある人の豊かな地域生活を実現する「地域共生モデル」の理論の構築と重層的な支援手法の開発のための研究」(https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/176450 厚生労働科学研究成果データベース)が取り組まれた。
この研究成果として
「障害者本人の行動上の問題を変えるのではなく、支援者自身の考え方や衝動的な対応を見直し、理霊的で倫理的に関わる力を養う」ことを目的とした「シナジープログラム」や「『問題行動』の背景を『トラウマ』というメガネ(視点)で“見える化”する公衆衛生的なアプローチ。トラウマを理解したケアの視点が加わることで、 強度行動障害の発症予防や緩和が期待され、支援者自身のエンパワーメントにもつながる」ことを目的とした「トラウマ・インフォームド・ケア」が取り上げられた。そして、この二つについて、強度行動障害支援者養成研修や中核的人材養成研修への将来的な導入が研究班から提言された。
シナジープログラムについては、支援者が支援困難にぶつかり心理的負担を感じてしまうことから検討されたわけであるが、これまでも様々な投稿で明らかにしてきた通り、これは特別な支援者向けのプログラムの問題ではなく、そもそも心理的負担が生まれたのは、自閉スペクトラム症に偏った支援モデルで強度行動障害支援を行わせた不全感や消耗感に原因があるのであり、支援モデルの修正とともに、ソーシャルワークに基づくスーパービジョンが支援者のメンタルケアの役目を適切に担うことによって解消するはずのものなのである。
また、トラウマの問題は平成20年度厚生労働科学研究においてすでに研究が行われていた。
長文であるが、引用しよう。
厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)
発達障害者の新しい診断・治療法の開発に関する研究 平成20年度 総括・分担研究報告書
(主任研究者 奥山眞紀子 平成21(2009)年3月)
分担研究報告書
広汎性発達障害に対する早期治療法の開発(分担研究者 杉山登志郎 あいち小児保健医療総合センター)
II 強度行動障害の再検討
研究1 強度行動障害の再検討
研究協力者
川村昌代 あいち小児保健医療総合センター
橋詰由加里 浜松医科大学精神神経科
大隅香苗 浜松医科大学精神神経科
「ここでは強度行動障害研究の症例報告に散見され、しかし十分な検討がなされていない問題を指摘しておきたい。第1にチック、第2に気分障害、第3にトラウマの関与である。実はこの三者はいずれも相互に関連を持つ。
まずチックであるが、強度行動障害に属する自傷や他害の一部が広義のチックに類縁の行動であることは、飯田班の症例検討の中で指摘されている。しかしこの行為の反復や汚言症などのチック症状の背後にある病理はフラッシュバックに極めて近縁のものであり、この両者に連続性があることは疑いない。自傷の一部に、行為チックとわれわれが呼ぶ、一連の行為を反復再現するというフラッシュバックとも取れる重症のチックがある。重度の知的障害を伴いパニックを頻発させる自閉症の示すチックにどの様に対応すれば良いのかという答えは未解決のままである。
気分障害は自閉症のみならず広汎性発達障害において最も頻度の高い併存症である。強度行動障害の背後に、気分障害の併存例がある例があることは、これまでにも指摘されてきた。特に問題は双極性障害である。双極I型は希であるが存在する。一方、双極II型は臨床的にしばしば認める。また知的障害重度の症例に比較的多く認められる問題でもある。この気分の変動は、実は被虐待児にも認められるものである。
重度の知的障害を伴う自閉症において、後述するトラウマの関与があると考えれば、被虐待児類縁の状況があったとしても不思議ではない。気分障害の併存は、医学的治療が必要である。
さてトラウマである。自閉症は、そもそもトラウマを引き起こしやすいいくつもの要因を抱える。第1に、本質解明が未だに不十分である知覚過敏性という問題がある。基盤としては、扁桃体など、情動的な情報の調律器官における機能不全が背後にあるのであろう。だが、この過敏性は、自閉症独自の記憶の障害であるtime slip によって、過敏性に関連する記憶によって不快体験のフラッシュバックが生じ、徐々に生理的な問題から、状況を引き金とした心理的な問題へ展開する。このtime slip 現象とは正に、トラウマによるフラッシュバックに他ならない。知覚過敏性という生理学的な不安定性によって、一般の健常者ではそれほど脅威でない事象においてもしばしばトラウマと同等の脅威性を帯びるのである。第2に、過剰選択性や中枢的統合の不全などの独自の認知構造は、全体の把握が困難で、部分にとらわれやすい特徴を持つ。その結果perspectiveの障害が生じ、不意打ち体験や秩序の混乱が容易に引き起こされる。第3に、愛着形成の遅れである。愛着は幼児が不安に駆られたときに、愛着者の存在によって不安や脅威を軽減させ、情動的な混乱をなだめる行為である。愛着形成は、それ故にそれ自体がトラウマからの優れた防御壁となるのであるが、その未形成は正に被虐待児に認められるように、混乱を自ら治める方法を知らずにある年齢までを送ることになる。この愛着の未形成は養育者の側に強い欲求不満を生じ、頻回の叱責や、時としては虐待が生じ、さらに愛着の形成を困難にすることになる。先に述べたように、当時の青年期パニックの嵐は、自閉症児に対する混乱した対応や強引な療育や教育の副作用として生じていた可能性が高い。自閉症の体験世界をトラウマという視点から振り返ってみると、逆に彼らの示す行動の特徴と、被虐待児に認められる臨床的な特徴とが重なり合うことにも気付かざるを得ない。自閉症児の示す防衛としての常動行為、防衛としての解離反応、さらに過覚醒とそれに伴う気分の変動など。幼児期であればあるほど、トラウマへの脆弱性が強く、それによって適応状況が大きく変化する。迫害体験からの保護が可能であった場合には、学童期後半に愛着獲得がなされ、その後は彼らなりの方法ではあるが、トラウマに対する脆弱性は軽減する様に見える。しかし強烈なトラウマに晒され続けた場合には、他者の存在そのものがパニックの引き金となるに至る。これこそ強度行動障害に他ならない。発達障害の適応を決める要因として、育ちの中の愛着形成の問題が大きく関与することはこれまでにも多くの指摘があった(小林,2001)。一方、発達障害の適応の負の要因としてのトラウマの存在は、これまで十分に意識されてきたとは言い難いのではないか。」(P78-79)
自閉スペクトラム症に限定してトラウマの問題を取り上げている点は、従来からの限界の部分もあるが、行動障害(この研究では、強度行動障害は青年期パニックの類型として論じているが)の要因にトラウマがあることはすでに指摘されていた。従前指摘されてきたことが、ここで再び「発見」されたにすぎないのである。
強度行動障害支援を大きな課題として進めている割には、あまりにこれまで多額の公費を投入して研究をしてきた成果を継承せず、国際的基準であるICFについての誤用について正そうともせず(過去には、第12回社会保障審議会統計分科会生活機能分類専門委員会(2012年9月27日)においてICFの誤用について警鐘を鳴らすほどであったにもかかわらず)、今後とも多額の公費を「強度行動障害支援」に投入し続けるのだろうか?
ドラッガーが批判した「公的サービス機関論」の宿痾を地で行くような現実が目の前で起こっているのである。
それは、誰にとっての不幸なのだろうか?
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強度行動障害支援の支援モデルはどうあるべきか?~研究史批判から整合性のあるモデルを考える
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