前々回の投稿で紹介した社会福祉法人経営研究会の「社会福祉法人経営の現状と課題―新たな時代における福祉経営の確立に向けての基礎作業」(平成18年8月11日 以下「現状と課題」と略す)では、「従来型の社会福祉法人経営」を、「一法人一施設モデル」又は「施設管理モデル」と規定し、これを厳しく批判して、社会福祉法人改革の先鞭をつけた。

その内実は、

①施設管理中心、法人経営不在

②事業規模零細

③再生産・拡大生産費用は補助金と寄附が前提

④画一的サービス

⑤同族的経営

とされ、「地方自治体においては、かって、一つの施設を整備するたびに新たな法人を設立させる指導が行われてきた(いわゆる「一法人一施設モデル」)」とし、「いずれにしても、これまで、一法人一施設の指導が行われたことや、措置費と施設整備費補助とでそれなりの運営が保障されたこと、事業拡大のための新たな寄附の獲得が困難であったこと等により、現在に至るまで、零細な規模の法人が多数を占めている。」と、公側の対応と民間の事業体の主体的要因の結果、多数の零細法人が生み出されたとしている。

これまでも、この点について、以前の投稿で資料を紹介してきたのだが、今回の投稿では、このような非難の妥当性をこれまで紹介してきた史料を振り返ることで、検証してみたい。

先ずは、これまで紹介した「順調に発展する社会福祉法人」(斎藤治美 時の法令No.402号 1961年10月13日号所収)より

「(四) 保育所をめぐる問題

34年2月末現在で厚生省がおこなった 全国社会福祉施設調査によると、全社会福祉施設数の実に72%を、地方公共団体および民間の経営する保育所が占めており、民間社会福祉施設だけについてみると、保育所の占める比率は、約76%とさらに高い。このように、社会福祉施設の中で保育所の数が圧倒的に多いことの理由としては、

(1)保育所開設の要望がきわめて強いこと。

(2)他の社会福祉施設とちがって、地域の一般住民の利益との結びつきが強く、保育所の設置に関しては、設置主体側も利用者側もともに熱心であるため開設の要望が実現されやすいこと。

(3)通所施設であるため、施設の最低基準が収容施設に比較してゆるやかであり、したがって、比較的小額の投資で簡単に開設できること。

などがあげられる。

ところで、これら民間保育所の経営主体を調べてみると、社会福祉法人の経営のものは、全体のわずか12%程度にすぎず、約10%が民間の公益法人経営によるもの、そして、実に60%以上が個人経営によるものなのである。このようなことは、他の社会福祉施設にはみられない現象であり、これによっても、保育所は、いかに小規模のものが多いかがわかる。

個人による保育所の経営には、いろいろ好ましくない弊害をともないがちであり、社会福祉事業の本来のあり方としては、これを社会福祉法人の経営によらせて健全な経営をはかることが望ましいのであるが、他方、法人格を与えるにはあまりにも小規模で財産的基礎の薄弱なものが多いところに、保育所特有のジレンマがあるのである。」

このように、保育所は第2種社会福祉事業に属する社会福祉施設であるのも関わらず、経営主体はほとんどが個人経営で小規模であるがゆえに、経営の安定化は1961年段階ですでに重要な課題であった。ここを踏まえると、以前に紹介した児発第271号にこめた行政が意図したことが明確になる。

「〇保育所の設置認可等について

昭和38年3月19日 児発第271号

各都道府県知事 各指定都市の市長宛

厚生省児童局長通達

一部改正経過 昭和40年9 月13日 児発第786号によりー部改正

保育行政の運用については従来から多大の御尽力を煩わしている次第であるが、 今回保育所の設置認可等の取扱方針を次のとおり改正したので、これによつて保育行政の適正かつ円滑なる推進を確保されたく通達する。

第1  保育所設置認可の方針

1 認可の要件

保育所の認可に当たつては、 児童福祉施設最低基準その他の法令に定めるところによるほか、 次の各号に掲げる要件を満たすものでなければならないものとし、 もつて保育所の適正配置その他その事業の健全なる進展を図るものとする。

(設置位置)

(1) 保育所を設ける位置は、 既設の保育所がその周囲おおむね2 キロメートルの地域内にないこと。 ただし、要措置児童の分布状況、地理的条件等に特別の事情がある場合は、この限りでないこと。

(定員)

(2) その保育所の定員は60人以上とし、措置児童のおおむね2 割以上は3 才未満児を入所させるものとし、かつ、定員のおおむね1割以上の2 才未満児の設備を設けるものであること。

(要措置児童数)

(3)その保育所を通常利用できると認められる地域内の要措置児童(昭和36年2 月20日児発第129号通達「児童福祉法による保育所への入所の措置基準について」 の別紙の措置基準のいずれかに該当するものをいう。以下同じ。)の数がおおむね60人以上であること。

(職員)

(4) その保育所の保母の数は、三才以上児おおむね30人につき1 人以上及び3 才未満児おおむね8 人につき1人以上であるほか、 調理担当員及び用務員がおかれていること。

(設置経営主体)

(5) 私人の行なう保育所の設置経営は社会福祉法人の行なうものであることとし、保育事業の公共性、純粋性及び永続性を確保し事業の健全なる進展を図るものとすること。

なお、社会福祉法人とすることが著しく困難であるものについては、 少くとも民法法人である財団法人とするよう行政指導を行なうこと。

(協議)

⑥ 都道府県知事(指定都市の市長を含む。以下同じ。)は、 上記の各号に定める認可の要件を満たすことができない特別の事情がある申請については、当省に協議するものとすること。

2 年度別長期計画の策定

都道府県知事及び市町村長(特別区の区長を含む。)は、 要措置児童の分布状況、 既設保育所の分布状況、地理的事情その他ー切の事情を勘案して、それぞれその管内における保育所の設置に関する年度別長期計画を樹立するものとし、毎年度必要に応じてこれを修正しておくものとすること。

第2  既設保育所に対する指導方針

1 運営の是正措置

既設の保育所で第1 の1に定める認可の要件を満たさないものについては、 たとえば当該保育所の増改築等の場合にその是正を図る等、 極力この趣旨にそうよう行政指導を行ない、 また必要に応じて保育所の統廃合をも配慮すること

既設の保育所であつて最低基準に定める設備その他の基準を満たしていないもの、 又は入所の措置基準等を無視し保育所本来の目的に適合しない運営をしているものについては、 前記に準じ必要な行政指導を行なうこと。

2 社会福祉法人への切換

すでに当省の内議承認をうけた保育所で社会福祉法人にすべき・旨の条件を付して承認されたものでいまだにこれが履行されていないもの、又は従来から認可されている社会福祉法人又は財団法人以外の私人の設置する保育所については、極力行政指導を行ない、 社会福祉法人とするようにすること。

第3 実施期日その他

1 この通達は、昭和38年度(従前の例により当省の内議を経て本年4 月から開設されるものを除く。)

から実施する。

なお、 昭和38年度分保育所設置認可計画書の提出期日については、昭和38年4 月20日とする。

2 次に掲げる通達は廃止する。

(ア)昭和28年12月9 日児発第596号通達「保育所の認可等について」

(イ)昭和30年12月1日児発第653号通達「保育所の認可等について」

(ウ) 昭和34年10月12日児発第940号通達「保育所設置認可内議調査書の様式の改定について」」

就学前教育事典(昭和41年6月刊 第1法規出版社)より

零細で、経営が不安定な保育所の経営を安定化させるためには、個人経営体や公益法人を社会福祉法人に切り替え(最低でも、財団法人に昇格させる)ことが、厚生省から各都道府県知事 各指定都市市長への行政目標として設定されたのだ。

零細で小規模な個人経営体であれば、当然そもそも事業規模は零細で施設管理中心、法人経営不在で同族的経営であることは容易に推測できる。むしろ、厚生省の目標が、個人経営体がせめて社会福祉法人化することで、個人経営体が、社会福祉業法による恩恵を受け、経営の安定と民主化の端緒を作り、画一的であれ整ったサービスを提供できる保証を得ることにあったことは容易にわかるであろう。実際行われた行政指導は、「1施設1法人」ではなく保育所経営体に対する「個人経営から社会福祉法人への移行」だったわけである。「現状と課題」で厳しく批判された「1施設1法人」指導は、そもそも存在しない。だから、厚生省や地方自治体のどの公文書にも記載されるはずがないのだ。しかし、社会福祉法人へ移行したからと言って、経営が近代化・民主化されるかは別問題である。実際、昭和54年(1979年)に全国社会福祉協議会が出版した「社会福祉法人の現状と展望-民間の独自性の発揮と処遇の向上のために」において、表「民間社会福祉事業の問題点の変化-問題点は改善されたか」において、「人事について」の項に「家族による人事構成、世襲的人事による弊害の生ずる所がある(職務系統、責任分担の不明確化、職場における人間関係など。)(1962年社会福祉事業大会)が「家族主義的経営はなくなっていないが、露骨さはやや減少している。職場の人間関係は今も最大の問題点である。」(1979年本研究会)と家族主義的(同族的)経営が根強く残っている実態が記載されている。地域にいい意味でも悪い意味でも根付いた集団や家族が主体で地域の保育を担うわけであるから、そこに根強い同族意識や選良意識が残っていくことは十分あり得ることである。経営の近代化・民主化とはかけ離れた意識が根強く残る可能性は否定できない。そして、当然こうした経営体のモチベーションは、大体、善意・慈善とか郷土愛であって、憲法第89条によって動員された経営体であることも容易に想像がつく。地域の保育に関わるこの問題は、ある意味日本社会の根強い地域・地方の構造的課題として解決されるべきであったように思われるが、「現状と課題」では「従来型の社会福祉法人経営」と非難するだけでこうした背景や根深さを一切語っていない。「現状と課題」は、こうした保育所の経営体質改善の問題を、社会福祉法人一般のガバナンスの問題に昇華させたのだ。この解決手法は適切だったのかはまた別の機会に考えてみることとしたい。ただ、はっきり言えるのは、保育所のみの経営体以外の社会福祉法人の経営者や従業員及びその関係者は、「現状と課題」が使ったロジックについて批判的に受け止めるべきだということだ。

*社会福祉法人経営の現状について、できるだけ直近の資料を探していると、論文の趣旨とは異なるが、興味深いデータを提供している論文があった「社会福祉法人の経営状況にみる課題と展望─財務状況と実施事業からの分析 ─」(早坂聡久 2022年 東洋大学学術情報レポジストリhttps://toyo.repo.nii.ac.jp/record/14516/files/lifedesign18_361-375.pdf) 

P368 表8実施事業分野(2019年)によれば、児童単独経営は、一般の社会福祉法人の43.7%と5割近くを占めている。児童単独経営の中にどれだけ保育所経営が占めているかは不明であるが(2019年厚労省社会福祉施設調査では、児童福祉施設数44,616 保育所等数 28,737 約65%)推計では、社会福祉法人の中で、30%は保育所単独経営を行う社会福祉法人が残っており、事業法制定から75年近くたっているが、その中にまだそれなりの比率で家族主義的、同族経営体が残っていると推定される。

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