さて、憲法第89条である。

もう一度、全文を掲載しておく。

第89条(公の財産の支出・利用の禁止) 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

平成26年(2014年)7月 「社会福祉法人の在り方等に関する検討会」が公表した「社会福祉法人制度の在り方について」に先立つこと8年前の平成18年8月社会福祉法人経営研究会(厚生労働省社会援護局長の私的研究会)が「社会福祉法人経営の現状と課題-新たな時代における福祉経営の確立に向けた基礎作業―」(平成18年8月11日)(以下、「現状と課題」と略す)を発表し、全国社会福祉協議会によって出版された。(巻頭に、参加メンバーによる座談会が所収されている。参加者が「それぞれの立場にとらわれず」「自由闊達に議論を行った」と報告書には記載されている)社会福祉法人経営研究会の参加メンバーは以下の通り。

学識経験者

田中滋(慶應義塾大学大学院経営管理研究科 教授)

田島 誠一(日本社会事業大学専門職大学院 教授)

全国社会福祉施設経営者協議会

高岡國士(会長)

財前民男(副会長)

武居敏(経営対策委員長)

廣江研(介護保険事業経営委員長)

中辻 直行(経営対策委員会副委員長)

浦野 正男(研修部会長)

平田直之(介護保険事業経営委員会専門委員)

磯 彰格(全国青年経営者会会長)

厚生労働省

中村秀一(社会・援護局長)

石塚栄(社会・援護局総務課長)

矢崎剛 (社会・援護局福祉基盤課長)

鳥井 陽一(社会・援護局総務課長補佐)

河原 勝洋(社会・援護局福祉基盤課長補佐)

上沼義尚(社会,援護局福祉基盤課長補佐)

潮谷 有二(社会・援護局総務課社会福祉専門官)

全国社会福祉協議会

栗和田敏(企画部長)

松島 紀由(企画副部長代理)

この報告書は、「社会福祉法人制度の在り方について」において概略版が参考資料として所収されており、正に制度改革の理論的基礎を与えた先行文献といえる。この報告書において、社会福祉法人の性格付けが以下のようになされている。

「3 社会福祉法人の基本的性格

(公益性・非営利性)

〇社会福祉法人は、その沿革から、学校法人、宗教法人等上同様に、民法第34条に基づく公益法人から発展した特別法人である。

〇民法の公益法人(社団法人、財団法人)には、法律上、

①公益に関する事業を行うこと(「公益性」)

②営利を目的にしないこと(「非営利性」)

③主務官庁の許可を得ること

という基本的な要件がある。ここで「公益性」とは「不特定多数の利益」を、 「非営利性」とは「事業から生ずる利益を構成員に帰属させないこと」を意味すると解されている。

社会福祉法人も、公益性と非営利性の性格を備えている。具体的には、社会福祉法人は、社会福祉事業を行うことを目的とし(公益性) (社福22) 、財産は社会福祉法人その他社会福祉事業を行う者に(最終的には国庫に)帰属しなければならない(非営利性) (社福 47、31Ⅲ)。このような残金財産の帰属方法から、法人設立時の寄附者の持ち分は認められない。

〇また、法人の適正な運営を確保するため、設立に当たっては、必要な資産を備え、一定の要件を満たす定款を作成して所轄庁の認可を受ける必要があるほか、法令、法令に基づいてする処分若しくは定款に違反するか、又はその運営が著しく適正を欠く場合には、所結庁による措置命令、業務停止命令、役員解職勧告き、解散命令等の強力な担保措置が設けられている(社福56)。

(純粋性・公共性)

〇社会福祉法人は、創設時の説明によると、社会福祉事業の「純粋性」を保って、その「公共性」を高めるために設けられたものとされている。

〇旧社会福祉事業法制定前のわが国の民間社会福祉事業は、個人や任意団体、 民法法人によって経営されていたが、これらは、財政的窮乏から、社会福祉事業よりも収益事業の経営を行い、それが常態であるかのような印象を与えるものがあり、種々の弊害を生じ、社会的信用の失墜を招く等の問題点が指摘されていた。

このため、旧社会福祉事業法では、資産要件、組織運営のあり方、収益事業の取扱い、残余財産の取扱い、所轄庁の規制監督等の点において、民法の公益法人に関する規定よりも厳格な内容を定め、これらの規定に適合する者を社会福祉法人として国が認可することにより、社会福祉事業の純粋性や公共性の度合いを保とうとしたものである。

〇なお、この点については、社会福祉法人制度創設の直接の目的は、シャウプ税制により1950(昭和25)年度から公益法人の収益事業にも課税されることになったため、それを回避して非課税・課税優遇を獲得するためだったとの指摘がある。現に、社会福祉法人については、法人税、固定資産税、寄附税制等について税制上の優遇措置が講じられた。

(「公の支配」との関係)

〇社会福祉法人制度が設けられたもう一つの理由として挙げられているのは、 憲法第89条において、「公金その他の公の財産」は、「公の支配に属しない」「慈善又は博愛の事業」に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならないとしていることを回避することである。「公の支配」として、社会福祉法では、補助金等の助成を受けた社会福祉法人は、一般的な監督(社福 56。既述)に加え、不適当な予算の変更勧告及び措置命令を前置しない役員の解職勧告等の監督に服すこととされている(社福58 11)。

〇社会福祉事業法の制定当初は、社会福祉法人に対する設備費の助成は、災害復旧の場合に限定されていたが、その後順次拡大され、新設の場合にも設備費補助の対象とされることになった。

(公的責任の原則)

もう一点、社会福祉法人のあり方を考える上で押さえておくべきは、公的責任の原則(公私分離の原則)との関係である。この原則は、米国の慈善事業のあり方を下敷きに当時のGHQが強く主張した考え方で憲法第89条と同様の観点に立つものであり、旧社会福祉事秦法第5条(現社福61) に盛り込まれたものである。

同条では、国及び地方公共団体は、法律に定められた責任を民間社会福祉事業経営者に転嫁しないこと、民間事業者の自主性を尊重し不当な関与を行わないこと、民間事業者側も不当に国等に財政的管理的援助を仰がないこととされると同時に、国等の事業を民間の社会福祉事業の経営者に委託することはこの原則に反しないと明文化された。」

(書籍 P37~P39より抜粋)

「現状と課題」では、社会福祉法人は「公益法人が発展した特別法人」として、公益法人の本質を維持した直線的な進化形としているのは明らかだ。しかし、「社会福祉事業法の解説」で主張された社会福祉事業、社会福祉法人の定義は全く異なるものであった。「社会福祉事業が、公私いずれがおこなうものたるを問わず、慈恵的な施与とは根本的に異なるものである」「社会福祉事業は、援護、育成または更生の措置を要するものにたいし、その独立心をそこなうことなく、正常な社会人として生活することができるように援助することを趣旨として経営されるべきものとしている」(「社会福祉事業法の解説」より)とあるように、社会福祉事業、社会福祉法人は、公益事業(慈善事業)、公益法人とは全く異なる、いわば新たに生み出された突然変異型の事業・法人なのだ。

「現状と課題」の論理構成で、目を引くのは、我が国の社会福祉制度における大原則である「公私分離の原則」を憲法第89条に基づくものであるとした点である。さらには、憲法第89条を「米国の慈善事業の在り方を下敷きに」GHQ(連合国最高司令官総司令部)が強く主張した考え方であると定義づけた点だ。キーワードを拾えば、社会福祉事業は慈善事業と同質であることを印象づける主張だ。前々回の投稿で紹介した大阪府社会福祉協議会社会施設長研修会「社会福祉法人の存在意義と社会的使命~公益性と優遇税制の仕組みを解明する~」(平成19年2007年6月)では、憲法第89条について、「(第89条後段について)日本国憲法の中で非常に日本の実態に合わない条文として有名というか特異な条文」「最終的には公費の乱用を防止する(公費濫用防止)」条文(堤修三 基調報告発言)とまで言い切られている。(ややこしいが、堤氏たちが言いたいことは以下のように推測される。社会福祉事業は、これほど社会に必要とされている事業であるにもかかわらず、憲法第89条の公金投入を禁止する「慈善・博愛」の事業に相当するとされているため、社会の実情にあっていない)

例によって、ここからは終戦直後からの史料を並べていくが、皆さんはどう判断されるだろうか?

大日本帝国は、昭和20年(1945年)8月15日ポツダム宣言(三国宣言―米国、英国、中国)を受諾して降伏した。今回関係する宣言の内容は以下の通り。

9. The Japanese military forces, after being completely disarmed, shall be permitted to return to their homes with the opportunity to lead peaceful and productive lives.

日本の軍隊は、完全に武装解除された後、 平和的かつ生産的生活を営む機会を得て家庭へ戻ることを許されるべきである。

10.(前文略)

The Japanese Government shall remove all obstacles to the revival and strengthening of democratic tendencies among the Japanese people.

Freedom of speech, of religion, and of thought, as well as respect for the fundamental human rights, shall be established.

日本政府は、日本国民の間の民主主義的傾向の復活と強化に対するすべての障害を取り除かなければならない。

言論、宗教および思想の自由、ならびに基本的人権の尊重は確立されなければならない。

12. The occupying forces of the Allies shall be withdrawn from Japan as soon as these objectives have been accomplished and there has been established in accordance with the freely expressed will of the Japanese people a peacefully inclined and responsible government.

 これらの目的が達成され、日本国民の自由に表明された意志に従って、平和的志向で責任のある政府が確立されれば、連合国の占領軍は直ちに日本から引き揚げるものとする。

ここに触れられている、武装解除・非軍事化、民主主義傾向の復活、言論、宗教および思想の自由、ならびに基本的人権の尊重原則の確立、平和的志向で責任ある政府の確立といったことが、非軍事化・民主化とまとめられているが、世界秩序に挑戦し多大な犠牲を生み出した我が国が国際社会から求められた目標だった。

戦争で破壊された国土や経済、極度の貧困に対して、政府は直ちに社会的救済が求められ、GHQからも対策について回答を求められた。

昭和20年(1945年)12月31日に、日本政府が、GHQに対して「救済福祉ニ関スル件」を提出した。

1. 救済福祉ニ関シテハ其ノ事由/如何ヲ間ハズ生活困葉ナル国民全部ヲ対象トシテ其ノ最低生活ヲ保障スルコトッ目的トシ、現行/救護法、母子保護法,医療保護法,戰時災害保護法,軍事扶助法等/各種援護法令ヲ全面的ニ調整シ、新二国民援護ニ関スル綜合的法令ヲ制定シ、国民/生活保障ヲ法律ニ依リ確保スルト共二、右二伴と政府/法令ニク扱護ヲ拡充強化スル為新二有力ナル民間援護団体ヲ設立スペク急速一之が準備ヲ進メツツアリ、然シテ右団体/設立当リテハ既存ノ職災援護会,海外同胞援護会,軍人援護会等/各種団体ヲ整理統合スルモノトス

日本政府は、社会救済の総合法制を整備する一方、戦前からの継続でその実行を軍人援護会等を中心とする民間団体に委託する方式を採用することをGHQに報告した。これは、先のポツダム宣言で目標として掲げられた非軍事化(軍事優先の否定)、基本的人権の尊重や責任ある政府の確立という原則から外れたものだったと思われる。

GHQが、新たな民間団体の設立により、日本政府が、軍人優先放策を継続するのではないかと危惧したものと考えられる。そのため、国家責任、無差別平等といった原則を提示した。

その際のSCAPIN778として有名なGHQの原則は、以下の通り。

「連合国最高司令官総司令部

APO 500

(SCAPIN778)1946年2月27日

綴込番号 APO91-4(2月27日)

覚書:日本帝国政府宛

経由:終戦連絡中央事務局

主題:社会救済

1、「救済福祉計画」に関する件、1945年12月 31日付C.L.O覚書1484号に対しては提出計画案を次の条件に合する様変更の処置をとらば帝国政府に対し何等異議あるものに非ず。

a.帝国政府は都道府県道に地方政府機関を通じ差別又は優先的取扱をすることなく平等に終者に対して適当なる食糧、衣料、住宅並びに医療推置を与えるべき第一の全国的政府機関を設立すべきこと。

b、日本帝国政府は1946年4月30日までに本計画に対する財政的援助並に実施の責任態勢を確立すべきこと。使って私的又は準政府機関に対し委譲され又は委任さるべからざること。

c.困窮を防止するに必要なる総額の範囲内に於ては与えられる救済の総額に何等の制限を設けざること。

2. 日本帝国政府は本司令部に次の報告を提出すべし。

a.此の指令の条項を完遂するために日本帝国政府によって発せられたあらゆる法令に通牒の写。

b、1946年3月の期間に始まり次の月の25日までに届けられたる救助を与えられた家族並に個人の数及び都道府県により支出されたる資金の額を記載したる月報。」

〔編注:厚生省文書庫保存文書による。主題名「社会救済」の原語はパブリック・アシスタンス(公的扶助)であるが、当時の厚生省による訳語のままとした。]

(引用元:占領期における社会福祉資料に関する研究報告書 財団法人 社会福祉研究所 1978.12)

戦前日本において、民間で社会事業を行う者は、特定の宗教的信念や強い人道的信念に基づくものであったり、個人の財産や寄付、皇室からの下賜金による援助を受けていたりするものが多かった。まして、こうした民間の社会事業体が戦時体制に抵抗したものもいただろうが、協力を果たしていった者も少なくなかっただろう。それ故、SCAPIN778は、単なる社会福祉の原則を明確化しただけではなく、戦後の非軍事化・民主化、軍国主義の復活防止といった大きな問題意識に密接に関わるものだったのだ。

昭和21年9月9日生活保護法が発布され、生活困窮者の生存権保障が国家義務となる一方、民間謝意事業団体に依存せざる得ない状況にあっても、GHQが事業団体に限定的な許可しか与えられなかったのはこうした背景があると思われる。

「連合国最高司令官総司令部公衆衛生福祉局

1946年10月30日

主題:政府の私設社会事業団体に対する補助に関する件

1. 上記の主題に関する会合が社会保健福祉部に於て昭和21年10月30日に開催せられて公的扶助と主題する昭和21年2月27日の日本政府に対する進駐軍司令部の覚書の第一項(B)項の条項を確認したのである。次の人々が会談に参加した。

・フェルドマン氏 マ司令部社会保健福祉部福祉課

・安田社会局庶務課長、養老、松本社会局庶務課事務官

・内藤、吉田各社会局保護課事務官

·斎田厚生省涉外事務官

2. 私設社会事業団体に対する政府の財政的援助に関する昭和21年2月27日の日本政府に対する進駐軍司令部覚書の第一項(B)項は次の如く解釈せられ、明確にされねばならぬ。

a. 政府資金は私設社会事業団体に対し、以下の (C)項に述べる場合を除いて一時多額の補助金として使用されてはならぬ。

b. 私設社会事業団体の創設又は再興に対して政府、府県又は市町村当局は補助金を交付してはならない。

c. 国庫資金は、国、府、県、市町村の何れを問わず、次の場合に於てのみ、生活困窮者に対する保護として現存の私設社会事業団体の再興、修理、拡張を行う事に関して使用してよろしい。即ち或る地方に於ける之等の困窮者に対してそれが最も経済的な且実行し易き方法であると認められたときにのみ国庫資金の使用が可能である。他の公設又は私設社会事業団体で困窮者に対し適用し得るものが存在する場合には政府資金は上述の目的の為に使用してはならない。

d. 上述の(C)項の計画に対する資金の割当は、 如何なる場合でも先づ公設社会事業団体に優先的に与えられねばならぬ。

e.公設社会事業団体が不適当であったり役にたたぬときは公的扶助で収容を必要とする者を私設社会事業団体に入れてよろしい。かかる場合には政府資金は之等の団体(病院を含む)に対し平均一人当たりの保護費を超過しない額に於て補償する為に使用してよろしい。此の額は団体の収入金を控除して玄以使用している額に基いて決定されるであろう。

f.国庫からの資金が上述の計画に用いられる時は常に厚生大臣の予めの許可が必要である。

g.昭和21年4月30日以降の政府の補助金で上述の条項に反するものは、直ちに中止せらるべきである。但し個々の場合に於てマ司令部の特別許可があった時のみ補助を継続してよろしい。

3. 厚生大臣は都道府県に対し上述の政策の解釈と鮮明化に関し通牒し、且今回の政策に反するすべての既通牒を廃止すべきである。厚生大臣はこの会議の結果発せられる指令の英訳の写をマ司令部社会救済部へ提出しなければならない。

エッチ・ダブリュ・フェルドマン」

〔編注:厚生省文書庫保存文書による〕

(引用元:占領期における社会福祉資料に関する研究報告書 財団法人 社会福祉研究所 1978.12)

日本政府もこうしたGHQの基本理念を理解していなかったとは思われない。憲法発布後の昭和24年(1949年)2月11日「憲法第八九條の解釈について」(法務調查意見長官 兼子一 回答)において、

「一般に慈善教育もしくは博愛の事業は、これを民間人が行う場合、 つとめて公の機関からの干渉や制肘(注 せいちゅう)を排して民間人たる事業者自身の創意と責任とにおいて從ってその者自身の費用をもつて行われるべきものである。またこれらの事業はややもすれば特定の宗教や社会思想等に左右され易い傾向があることはその性質上充分認めうるところである。 勿論このような傾向自体を好ましくないというものではないが、このような傾向にある事業に対して公の機関 が援助、特に財政的援助を與えることは次にのべるような種々の弊害の原因を生むに至ると考えられる。 すなわち、公金がこれらの事業を援助するという美名の下に濫費されること、公の機関がこれらの事業に不当な干渉を行う動機を與えること、あるいは政教分離の原則にもとること、さてはこれらの事業が時々の政治勢力によつて左右され事業の本質に反するようになること等がそれである。こうした事態は回避せねばならないので憲法はこれらの事業に対する公金その他の公の財産の支出、利用を禁止しているのである。」

慈善・教育・博愛事業が、時の政治権力に利用されてきたこと、政教分離原則を逸脱してきたこと、正にGHQが危惧してきたことと軌を一にするかのように、言及している。そしてこれは、戦前への反省でもある。つまり、憲法第89条とは、日本国憲法体制を財政的側面で保証している重要な条文であり、それ故、この憲法を忌避したがる人々によっては、目障りな条項なのだろうとも思われる。

「現状と課題」や先の堤氏の発言で、第89条の意義を社会の実情に合わないもの、公金濫用禁止規定とすることがどれほど日本の戦前の反省を切り縮め、憲法の理念を忘却していることか。ただただ嘆息するしかない。

ちなみに、社会福祉事業法が制定されてから2年後の昭和28年(1953年)に「憲法第八九条にいう『慈善又は博愛の事業』について」(法制局第一発第18号 法制局次長 林修三回答)が発表され、

慈善・博愛事業について

「一般に仁慈の名で呼ばれる道徳上の理念に基き人の精神的、肉体的ないし物質的な欠乏を自己の負担により直接充足することを目的として行う事業を中心とする観念と解せられ、その事業は、これを行う者とその事業によって欠乏の充足が得られる者の存在なくして は、これを考えることはできない。」

と定義されている。

再度繰り返すが、つまり、慈善博愛の事業は、「仁慈の名で呼ばれる道徳上の理念」に基づき、社会福祉事業は憲法第25条生存権等に基づく。慈善博愛の事業は、「自己の負担により直接充足することを目的として行う」が、社会福祉事業は公金により「援護、育成又は更生の措置を要する者に対し、その独立心をそこなうことなく、正常な社会人として生活することができるように援助する」。全く違う範疇のものである。

*ちなみに、憲法第89条に関する政府見解である「「憲法第八九條の解釈について」と、「憲法第八九条にいう『慈善又は博愛の事業』について」は、研究論文でその名前は紹介されることがあるが、その全文については、ウェブ上で公開されていない。今回、某府県立図書館で探し当てることができた。広げたらバラバラになってしまうほどの数冊のノートのような体裁をゴム紐で括り縛られていたのが記憶に残っている。その際、二つの通知について、複写を依頼し、職員の方にしていただいた。

今回の投稿で、文章を起こしたものをPDF化してアップしておくので、興味のある方は自由にダウンロードして活用していただければと思う。そして重要史料が必ずしもアップロードされているわけでもないので、自分の足と目で確認しなければならないこと、社会福祉の言説で実は歪められた、もしくは語られないことが多いことに気づかされた。

憲法第89条の歴史的な経緯を改めて整理してみると、社会福祉法人を慈善事業体とする見解は歴史的な辻褄に合っていないどころか、憲法の基本理念を改変しかねない危険な主張に思えてならない。もし、このようなニッチな領域を研究する専門的な歴史家が将来この事態を研究するのならば、どのような見解を下すのだろうか?何故こんなことがまかり通るのか次回の投稿で考えてみたいと思う。

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