保育政策について書こうとしているが、なかなか史料がそろわず難航している。前回の投稿から間が開いているので、役に立つ情報で、ワンポイントで書けるものを考えていたら、「氷山モデル」に思い当たった。自閉症支援となると必ず出てくるモデルであり、強度行動障害支援でも使うおなじみのものだ。

「氷山モデル」(iceberg model)とは、「その行動の困難さ理解するために、氷山に例えて見立てるという考え方があります。氷山は、水面上に見える部分だけでなく、水面下にある部分の方が大きいことから、全体像を見る時には、その氷山の一角に注目するのではなく、水面下の隠された部分を見ることが重要であるということです。この考え方を『氷山モデル』と言っています。かんしゃくや奇声、他害・自傷行為、不適切な行動、強いこだわりといった行動を水面上に見えるものとして考えた場合、水面下にはそれ以上に多くのあるいは大きな要因があることを想定して支援を検討していくことが必要となります。」「氷山モデルとは/障害のある人の課題となっている行動を氷山の一角として捉え、氷山の一角に注目するのではなく、その水面下の要因に着目して支援の方法を考えることを意味します。TEACCHプログラムが自閉症の障害特性を理解し、支援に活かしていく際に紹介されています。」(強度行動障害支援者養成研修(基礎研修)受講者用テキスト 演習「行動の背景と捉え方」)と説明されて、強度行動障害支援に欠かせないツールとなっている。

この氷山モデルをTEACCHスタッフがどのように紹介したかはあまり取り上げられたことがない。

調べていくと、どうやらPARENT SURVIVAL MANUAL(Eric Schopler著1995年 邦訳 自閉症への親の支援 TEACCH入門 黎明書房)が初出のようだ。この本では、自閉症児を育てる親に対して自閉症の障害特性(感覚異常 コミュニケーション障害等)と特異な行動形態の関連性を分かりやすく示すために、「氷山の比喩」氷山モデルでの例示を各章の扉絵に示している。行動上(水面上)の問題と背景(水面下)にある問題に分けて、ていねいに対応する問題のページ数を横にふっている。まして、最終の第9章は「地域支援」では、「行動上(水面上)の問題」として「深い悲しみ、孤立、異なっているという認識、拒絶に対する虞、絶えることのない悲しみ、苦悩、孤独、心配」(これは親の思い)、「背景(水面下)にある問題」として「自閉症について十分な知識がない、同じ障害のある子どもの親との連絡の欠如、子どもの困難な行動、 家族や友人からの支援がない、自閉症についての一般社会の誤った情報、地域資源に関する情報のなさ、障害のある人々に対する社会の無関心、将来についての不確かさ、 親と専門家の間の協力が足りない、治療方法についての知識が不足している、他の親たちとネットワークを持つ機会がない、 地元の専門家についての情報が不足している」が氷山の図に記載されている。これを見ると、氷山モデルはアセスメントツールでも何でもないことが分かる。

氷山モデルをインターネットで検索すると、経営学の分野でコンピテンシー理論の一つで米国の心理学者であるデビッド・マクレランド(1917年- 1998年)が提唱した概念らしい。氷山モデルによると、外から見えている「成功」(高い成果)は、氷山の一角の水面上の部分で、見えないところには、それまでに費やした時間、努力、挑戦と挫折、我慢や涙など、数えきれないほどのものが存在するということを視覚的に理解するモデルとなっている。マクレランドの方が、時期的に先行しているので、TEACCHチームは、何か着想を得て、PARENT SURVIVAL MANUALに取り入れたかもしれない。

僕もTEACCHに初めて触れた時、氷山モデルを見て自閉症者の行動を視覚的に理解できてなるほどと感動したものだ。しかし、その後我が国の強度行動障害支援に取り入れられた氷山モデルは、アセスメントツールとして改良されていく。(事実と異なるなら、ご教示願いたい。)

国立障害者リハビリテーションセンター発達障害情報・支援センター強度行動障害支援者研修資料  強度行動障害支援者養成研修(実践研修)講師および受講者用資料 資料6見本用氷山モデルシート

「課題となっている行動」に注目し、その行動背景を「本人の特性」(障害特性)×「環境・状況」で解釈するというものだが、行動障害を抱える利用者が抱える課題や生じる過程はそんな単純な問題ではないし、このシートでは何でもかんでも問題と思われる課題を書き込んで、背景としてしまっても成立する欠点があるように思われる。

それならば、国際的な基準にもなっている国際生活機能分類(ICF)の生活機能モデルに利用者の情報を分類落とし込んで、視覚化する方が、各情報の相互関係や相互作用が分かりやすくなるのではないだろうか?(医療関係者も活用しているので、普遍性があるし、行動障害以外でも活用できる。)

*ちなみに落とし込みべき情報もコード分けされているので、ICF図表に落とし込む情報なのかを判断しやすい。

ただ、ICFについては、誤解が多い。最たるものは、ICFは「医学モデル」から「社会モデル」に転換したものだという論説だ。ICFは、「医学モデル」と「社会モデル」の統合モデルだ。

この点は、第12回社会保障審議会統計分科会生活機能分類専門委員会(2012年9月27日)においてわざわざ資料を提出し警鐘を鳴らすほどだった。(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ksqi-att/2r9852000002ksx3.pdf)政府が言うまでもなく「国際生活機能分類―国際障害分類改定版―」(WHO 中央法規2002年刊)の序論5-2「医学モデルと社会モデル」には、「ICFはこれらの2つ対立するモデル(「医学モデル」と「社会モデル」のこと)の統合に基づいている。」と明記されている。その後に「生活機能のさまざまな観点の統合をはかる上で、『生物・心理・社会的』アプローチを用いる。」と続けている。「生物・心理・社会的」アプローチとは、バイオ・サイコ・ソーシャルアプローチ(モデル)(略して、BPSアプローチ又はBPSモデル)と呼ばれるもので、精神科医ジョージ・エンゲル(George Engel)が1977年の論文で提唱し、新しい医学観として国際的に普及している医学観だ。簡単云うと、人間の心理的問題や身体的な症状・病気は、生物的要因(医学的要因)、心理的要因、社会的要因がそれぞれ分離しているのではなく、多くの場合、相互に影響し合った複合的な問題からなるというもので、ICFの統合モデルの趣旨に適っているものともいえる。(ソーシャルワークとの親和性が高いのはすぐわかると思う。一般社団法人日本社会福祉士養成校協会 演習教育委員会「相談援助演習のための教育ガイドライン」参照)

このように国際的には標準的なアセスメント方法であるにもかかわらず、日本の知的障害福祉分野には積極的に取り入れられていない。不思議に思うのだが、恐らく知的障害福祉分野を主導するオピニオンリーダーの方たちは「氷山モデル」で事足れると思っているからだろう。

でもね、それで本当にいいかを評価するためには、健全な批判の目と実践を客観的に評価する目を養って、自分で選択するしかないんだろうとも思う。

(追記)

ICFにおいて、知的障害・自閉性スペクトラム障害を生活機能モデルのどこに当てはめるかについては、きちんと整理しておかないと、誤用することになってしまう。

結論的には、「心身機能(body functions)」に整理するのが正しいと思っている。

実際、ICFを広げてみると

定義:

心身機能 body functionsとは、身体系の生理的機能(心理的機能を含む)である。 機能障害(構造障害を含む) impairmentsとは、著しい変異や喪失などといった、心身機能または身体構造上の問題である。

  • 精神機能 mental functions

全般的精神機能 global mental functions

b-117知的機能 intellectual functions

さまざまな精神機能を理解し、組み立てて統合するために必要な全般的精神機能で。 全ての認知機能と、その生涯にわたる発達を含む。

含まれるもの:知的成長の機能。知的(発達)遅滞,知的障害,

除かれるもの:記憶機能(b144),思考機能(b160),高次認知機能(b164)。

b-122全般的な心理社会的機能 global psychosocial functions

生涯を通じて発達する全般的精神機能であり、意義と目的の両面で、社会的相互作用を確立する上で必要とされる、対人的技能の形成につながる精神機能を理解し、建設的な方向で統合するために必要とされる機能。

含まれるもの: 自閉症におけるような全般的な心理社会的機能。

しかし、この点も心身機能にキチンと分類している論文もあれば、あいまいにしているものもあり、納得のいかない部分ではある。

最後に、この点を踏まえて、ある知的障害と自閉性スペクトラムをもつ児童のICFを模擬的に作成したので参考に見ていただきたい。どこが介入ポイントか一目瞭然ではないかと思うのだが…(個人情報は判別できないように改変しています)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA