行動障害の支援について知人たちと話し合う機会があり、イギリスにおける知的障害者の行動障害支援体制について教えてもらった。

日本では、以下の二つの書籍が出版されて、イギリスの行動障害支援に対する体制、方法論を紹介している。

(英国行動障害支援協会編 清水直治監訳 ゲラ弘美編訳 ジアーズ教育新社刊2015年)

(支援者用テキスト(DVDビデオ教材付き)&スーパーバイザー用指導の手引き 付)

(英国行動障害支援協会原著 清水直治監訳 ゲラ弘美編訳 ジアーズ教育新社刊2019年)

早速、購入し読んでみた。

イギリスでは、重度知的障害者のこどもを育てる家族を支援するため、適切行動支援(Positive Behavior Support)に基づく行動改善を目的として、親が英国行動障害支援協会(Challenging Behavior Foundation)を 1997年に設立し、「家族に必要な情報を提供して励ますこと、政府の政策担当者と知的障害の専門家を協働させるよう働きかけること、そして支援が必要な人は誰でもどこでもいつでも、質の高い支援を受けられるようにすること」そのために「英国行動障害支援協会には国家計画推進チームが組織され、政府の政策担当者と研究者、支援事業者の間の連携を図りながら支援事業を促進」している。以下気になる部分を要約していくと

適切行動支援(Positive Behavior Support)の基本的な考え方・方法論は、行動障害の原因を、先ず健康面で病気が隠れていないか、生活の変化はないかを探ったうえで、行動の機能のアセスメントを行うことだ。行動の機能のアセスメントとは、応用行動分析(ABA)ということである。従って、行動機能としては、「注目を得る」「要求を満たす」「逃避する」「感覚刺激を得る」に分類され、行動観察を丁寧に行うことで、トリガー、契機刺激/状況要因等のABC分析を行い、支援計画を立てることにある。

地域生活における支援の中心は、「地域知的障害支援チーム」(Community Learning Disabilities Teams)と呼ばれる専門職で構成される支援チームである。ソーシャルワーカー・看護師・作業療法士・言語治療士・心理士・精神科医が主要メンバーで構成され、知的障害がある人が行動問題を起こすと家族や施設職員が担当ソーシャルワーカーに連絡を取り、治療介入をチームで行う。「日本の1つの県に相当するほどの広さの地域に、5~8ケ所の地域知的障害支援チームが拠点とする診療所がある。」そして、支援チームによる診察・治療は、国営の“国民保健サービス”(NHS)により提供される為、誰でも無料で享受できる。

行動支援計画は、心理士又は行動療法士によって実施された行動機能アセスメントの結果に基づいて作成されるのが理想的。

役割分担は以下の通り。

心理士:親や養親者に対象者の聞き取り、面談、質問表への記入、記録用紙を用いた対象者の行動記録の指導を通常行う。問題行動がよく起こる場所に実際出向き、自ら観察記録を行う。その結果をもとに、行動機能のアセスメントを実施し原因を推定する。チームのリーダーシップを通常取る。

看護師:検査結果に基づき健康面での総合アセスメントを行う。病気や健康状態が行動障害に関係している時は医師に協力を求める。

言語聴覚士:コミュニケーション能力のアセスメントを行い、“機能的コミュニケーション訓練”を行う。

作業療法士:感覚刺激に関する検査を行い、環境の調整や感覚統合療法を行う

精神科医:精神疾患が合併している場合に、薬物療法と合わせて行動療法や官庁調整を行う。

ソーシャルワーカー:アセスメント・検査結果にもとづいて支援に必要な資金や教材を調達する。

*ちなみに、国民健康サービス(NHS)では、知的障害専門の看護師が配置されていて、家庭から病院への同行、診察立会や速やかにストレスなく治療診察が受けられるように事前のカウンセリングや待合がないように病院と調整を行う。またソーシャルワーカーと協働しながら、定期的な家庭訪問や健康相談を行うこととされている。(無料である)医療分野においても知的障害に特化した専門職の育成がなされていることが推察される。

イギリスの(臨床)心理士の立ち位置については、下山晴彦氏の「イギリスの臨床心理学の歴史─日本との比較を通して」(https://www.ritsumeihuman.com/hsrc/resource/10/open_research10_019-031.pdf

に詳しく解説されているが、我が国の(臨床)心理士についての評価の是非は問わないとしても、イギリスでは、専門職として認知行動療法等を正規に訓練された(臨床)心理士がNHSサービスの一環としてアセスメントを行う立場を確立していることが見て取れる。

これまでの投稿で、行動障害支援について、我が国の支援モデルが自閉症支援に偏りすぎており、その修正モデルとして、行動的診断モデルでの医療的なアセスメント→TEACCH+ABAでのアセスメント・介入を提案してきた立場からすれば、イギリスの適切行動支援の思想や地域支援チームの考え方は、非常に共鳴することが多い。(自閉症支援というより、知的障害支援であることも当然と言えば当然だが、共感できる部分だ)家族や支援者が行動障害に向かい合っていかなければならない現実に、国家によって認証された専門職(医師・看護師・心理士・OT・ST)チームから計画が提供されることは心強い。

翻って、令和6年度から実施され始めた日本の強度行動障害支援の体制について考えてみよう。

これまで、国研修の内容に基づいて、各自治体で強度行動障害支援者基礎・実践者研修を行い、各事業所での支援者養成に努めてきたが、今年度から上位課程を設け、中核的人材養成研修を受講した「中核的人材」が、事業所内でチーム支援の実施をマネジメントする中心的な役割を果たす。また、状態が悪化した強度行動障害を有する児者に対し、高度な専門性により地域を支援する広域的支援人材が、事業所等を集中的に訪問等(情報通信機器を用いた地域外からの指導助言も含む)し、適切なアセスメントと有効な支援方法の整理をともに行い環境調整を進めたり、他事業所から悪化した者を受け入れ集中的支援を行う体制を設けた。そして、その事業所の動機づけとして加算制度をもって収入獲得を保障することでこの体制を推進しようとしている。

イギリスの行動障害支援の在り方と大きく異なりかつ問題と思われるのは、各事業所単位での問題解決体制であることだ。障害福祉サービスにそもそもつながっていない地域の行動障害を持つ知的障害者に対する支援は誰がするのか?応用行動分析にせよTEACCHにせよ、その背景には人間観や倫理観、科学性の積み重ねがあり、その取得も含めて大学教育や研究活動、自己研鑽が必要とされているのだが、支援者(基礎・実務者)と中核的人材には、何時間か(短いということではない)の研修と演習が提供されるだけだ。支援シートに基づく個別支援の提供の科学的な検証を、科学的・専門的な訓練を受けていない支援者が行うことでその客観性は保障されるのか?疑問が次から次へと湧いてきてしまう。

しかし、日本にイギリスのように地域に「地域知的障害支援チーム」(Community Learning Disabilities Teams)のような専門チームを設けることができるかと言えば、はなはだ心もとない。先の下山論文が事実なら日本の臨床心理士はカウンセリングや心理療法が主であるから、イギリスのような心理士的なポジションは期待できないし、医療も知的障害専門の看護師なぞ養成されているという話はトンと聴いたこともない。むしろ、利用者を入院させようとするならば、正式な社会保険料を支払って、被保険者資格を健常者と同様に持っているにもかかわらず、家族や支援者に付き添いを義務付けられ、できなければ入院を拒否されることすらある。意思表示ができない、理解させられないからといってCT検査等健常者が受けることができる検査も放棄されることもある。そもそも、知的障害者(特に重度)にも平等に医療サービスを提供するシステム構築や人材養成がされているとは言い難いのだ。こんな現状で支援体制を構築しようとするなら、事業者内で自家調達しようと考えるのも致し方がないともいえるが、それは正しく支援構造を変える方法であるとは言えない。お互いがお互い持っている専門性が制度として共有されないので、たまたま優秀な人材がそろったなら力を発揮できるに過ぎないのが現状だ。

その弊害の最たるものが、行動障害における「身体拘束」「身体的介入」をめぐる問題だ。先の文献に基づき再びイギリスを見てみよう。重度の行動障害のある人を適切に支援する方略に「緊急時の対処」が含まれるのを認めており、家族や支援者が怪我をしないで対処する、どのように無視したり避けたりすればよいかという方法だけでは不十分としている。但し、「緊急対処方略」と呼ばれるこの方略は、その場で支援者が「迅速にかつ安全に、そして効果的に危険を伴う行為を止めさせようとする」上では有効であるが、問題行動を今後減らすためには役立たないので、あくまで緊急事態が起こった場合にのみ使用することが明記され、建設的な支援計画の中で、当人のスキル向上のための方略と併用される場合においてのみ、その実行が倫理的に認められている。緊急事態は、「前触れもなく」起こると言われることがしばしばあるが、何等かの“微候”があるので、早期に微候に気づき早期に介入したり、気をそらしたりして、勃発を防ぐことが強調されている。しかし、どうしても「動きや行動を制限するために、ある程度まで身体的な力を直接使うことによって、行動障害に対処する方法」=身体的介入法を用いなければならないことがあり、次の3パターンに整理されている。

  1. 支援者と行動障害のある人の間で直接身体的接触がある場合(つかまれたり喉を絞められたりしないように、叉は動きを一時的に封じて自己防衛する)
  2. ドアに鍵をかけるなど障壁となるバリアを使う
  3. 動きを阻止制限するために、機器や器具を使う(手首・腕を噛むのを防止するためにアームスプリント=腕への固定器具を使う)

ただし、身体的介入は倫理的にも多くの問題をはらんでいるのが認められている一方で、非公式的に支援現場で実施されており、そのことについて支援者は多くを語ることはためらわれている。そのため、英国知的障害協会(日本でいう日本知的障害者福祉協会)が1996年(2008年改訂)作成した政策ガイドラインでは、以下のように基準を作成した。

  1. 緊急時の身体的介入は、当人にとってベストインタレストとなる場合においてのみ実行が認められる。
  2. 緊急時の身体的介入は、適切な行動を教えるための方略と併せて実施する。
  3. 緊急時の身体的介入は当人に合わせて作成し、一定期間ごとに見直しをする。
  4. 緊急時の身体的介入は最低限にとどめ、当人に苦痛を与えないよう配慮する。

このガイドラインに基づいて、協会は

身体的介入トレーナーのための実施規程(2001年発行2006年2010年改訂)

身体的介入トレーニング事業のための認定手続き(2002年)

を発行。

英国保健省(DOH)及び教育技術省(DES)(日本でいう厚生労働省及び文部科学省)は

身体的介入についての指導の手引き(2002年)

を作成。

2005年ウェールズ州立議会において、顔をした向けにした状態でうつ伏せに拘束する身体介入法を禁止。(以上 行動障害の理解と適切行動支援 英国における行動問題への対処アプローチP109~111より)

日本の状況に合わせて語れば、行動障害に悩む家族や事業者のために、日本知的障害者福祉協会が身体的介入についての原則を提言し、その下での訓練基準を示し、厚生労働省や文部科学省も指導基準を公表し、地方議会も規制立法を協議しているということだ。

*原資料が入手出来ていないので、内容の紹介は出来ないのが残念である。紹介されているサイトがあればご教授願いたい。

*Looker-onがこの問題に関心を持ったのは、もう20年ぐらい前になるが、イギリスやアメリカに知的障害者支援のために働きに行った知人からアメリカのマサチューセッツ州の行政機関が従事者に行っていた研修資料を送ってもらって、辞書片手に訳していたことがある。参考までにアップしておくので、興味のある方はダウンロードしてください。(訳間違っていたらごめんなさい。)

Proactive Alternatives for Change ; Training Component Trainee Packet

変化(急変)に対する積極的予防代替法; 訓練用コンポーネント訓練生用パッケージ(訳出)

翻って、日本ではどうだろうか?身体拘束について、緊急性・非代替性・一時性の3原則は打ち出されているが、現実の場面での身体的介入について具体的な例示はない。この3原則で検討せよとしているだけである。では、日本に身体的介入・身体拘束に係る法律はないのかと言えばそうではない。

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第37条第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準」において、「患者の隔離について」「身体的拘束」の部分に対象となる患者の行動や医師の管理での実施方法、患者の人権や健康管理に対する遵守事項が具体的に定められている。

精神医療の分野には、こうした法的な基準があるばかりではなく患者から看護者への暴力という現実的な課題から、行動制限最小化看護といった分野もあり、ガイドラインとしては精神科救急医療ガイドライン(日本精神科救急学会)3章 興奮・攻撃性への対応があり、技法としても危機離脱技法(Breakaway)、包括的暴力防止プログラム(CVPPP)(検索してみると色々出てくる)が開発されている等の蓄積がある。但し、CVPPPは専門のインストラクターによる研修を受けないと使用することは出来ないよう厳しい規定を謳っているように、他者の危険行動を身体的に介入して制限することは極めて危険な行動で専門性、倫理性が問われるということなのだ。

ある虐待防止研修で噛みつかれたら逆に噛まれた腕をそのまま相手の口に押し込もうとすると相手は苦しくなって口を開けるので外れるという離脱技法を紹介されたことあったが、それは相手の歯を折ってしまったり、逆に皮膚を噛み千切られたりするリスクもあり、教えられたからと言って実行することはできない。まして、家族や生活支援員には何等資格要件もなく、ガイドラインもない、技法の開発も研修もない。法的な裏付けもないのなら、身体的介入は非合法であり、してはならないと同義だ。つまり家族・支援者は徒手空拳で立ち向かえということだ。知的障害福祉にネガティブな流説が無責任に流されている中、支援者や家族の気持ちは萎えて内向するばかりではないか。関連分野には蓄積があるのに、共有化されない弊害はこんな形で現れている。

ただ、精神医療分野を参考に知的障害福祉において身体的介入のガイドラインや基準を設けるなら同時に検討しないとならない問題があるとは思う。危機離脱法や包括的暴力防止プログラムの書籍にある参考写真を見ればわかるが、男性が攻撃者(患者)で女性が被攻撃者(看護師)か攻撃者・被攻撃者ともに同じぐらいの背格好の女性となっている。危機離脱法も包括的暴力防止プログラムも利用者の支援者への攻撃という組み立てになっているが、強度行動障害の支援現場では、攻撃行動は支援者へ直接行われるだけでなく、他利用者への攻撃もしくは危険を伴う器物破壊や自己刺激を求めての自傷行動として現れる場合もある。つまり、第3者や本人の体の一部を防御・保護しながら本人に身体的介入をするという複雑な介入が求められる。また、他害や自傷をしている女性の行動を止めるために身体的介入が必要な場合、同性介助の原則に基づいて、男性支援者ではなくて女性の支援者が止めるべきなのか。女性利用者でも必ずしも体格が小さく力が弱いという人ばかりではなく、思い切った力を出して女性職員では抑えきれない場合もありうる。その場合、男性職員が身体的介入したら性的虐待になるのだろうか?(これは極論ではない。実際、支援場面によってはそのような批判をする論説もある。)言いぱなしにするのではなく、議論し基準を作り上げることが大切なのだ。

海外の知見や関連分野の動向等、柔軟に広い見地から問題を見直し、オープンな議論をして家族・支援者が納得するプロセスを作り出せなければ、家族や支援者の負の感情はどす黒く澱のように沈殿していくのではないだろうか。有識者も現場も率直な議論ができるようになることを望む。(とは言え半分あきらめかかっている自分もいる今日この頃でもある。)

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