仕事が落ち着かず、保育体制の資料整理に時間が取れないおかげで、更新が滞っているので、ワンポイントで書けるテーマを考えていた。最近は、虐待防止や強度行動障害支援の研修報告が上がっていることがあり、新しい資料に接する機会も多かった。
「雑感:知的障害児者虐待が止まらないのは誰の責任か?データを冷静に見て、やや挑発的に述べると…」(2024年6月8日)において、統計資料を分析して、私見を述べたが、研修資料に最近の統計資料が入っていたので、それも含めて追加の分析をしてみたい。ハンドルネームがLooker-on(傍観者)なので、斜めな角度の分析となるがご容赦を。
厚生労働省は毎年「障害者虐待事例への対応状況調査結果等について」を公表しているので、毎年度の障害者虐待の統計データを見ることができる。令和4年度が最新となるが、障害福祉施設等従事者による虐待については、P10で令和3年度データと比較している。そこでの厚労省のコメントは、通報等(相談・通報・届出)については、「『当該施設・事業所職員』や『設置者・管理者』からの通報が増加」とされている。「当該施設・事業所職員」+「設置者・管理者」が相談・通報・届出者に占める割合は、令和3年度33.9%→令和4年度36.4%(内、「設置者・管理者」に限ると、14.3%→15.4%)と著しくというわけではないが、増加はしている。この中に、虐待が多発していると言われる共同生活援助や障害者支援施設がどの程度の傾向を示しているか不明だが、厚労省としては障害者虐待についてコンプライアンス案件として事業者に意識が向上してきていると評価しているのだろう。しかし興味深いのは、市町村等職員が判断した虐待の発生要因や状況を見ると、
令和3年度(左)と令和4年度(右)が比較されているが、
「教育・知識・介護技術等に関する問題」「職員のストレスや感情コントロールの問題」「倫理観や理念の欠如」「虐待を助長する組織風土や職員間の関係性の悪さ」「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」すべてにわたって、悪化している、特に、「教育・知識・介護技術等に関する問題」「虐待を助長する組織風土や職員間の関係性の悪さ」「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」の悪化は著しい。
平成27年度の調査時に比べると
全ての要因で悪化しているが、「教育・知識・介護技術等に関する問題」の急増は著しく、「虐待を助長する組織風土や職員間の関係性の悪さ」「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」は、10年間それほど増加傾向でなかったにもかかわらず、令和4年度急激に悪化したことが見て取れる。
これらのデータを整合性をもって説明できる仮説は、「教育・知識・介護技術等に関する問題」が多い職員つまり未熟なスキルしかない職員に依存しなければならない、また、経営側も人員配置の問題や人材不足によりそのような中でも問題のあるスタッフを排除できない状況にあるという仮説である。人員配置の問題や人材不足に対して、コンプライアンス意識を強化しても解決する問題だろうか?
皆さんは次の数字をどう評価するだろうか?
障害者福祉施設等従事者による障害者虐待における「強度行動障害の方の被虐待率」を年度ごとに並べると次のようになる。
平成27年度 28.8%
平成28年度 21.2%
平成29年度 29.3%
平成30年度 32.3%
令和元年度 37.5%
令和2年度 30.6%
令和3年度 36.3%
令和4年度 33.5%
これを見て、「強度行動障害の方はやっぱり虐待を受けやすいなぁ。」とだけ感じるならば、あなたは数字を単発に見て、数字の傾向を評価していないことになる。
平成27年度は、強度行動障害支援において画期的だった年度だ。平成27年度報酬改定で、施設入所支援・共同生活援助において、重度障害者支援加算が導入され、強度行動障害支援者養成研修(基礎・実践)が整備され、行動支援計画作成やモニタリングについて導入するべき運用体制も国から明示された年度であることを覚えておられるだろうか?その後、平成30年度までは要件が緩和された形で運用されたが、現在は完全実施をするよう指導されている。まして、この支援体制は強度行動障害の方を虐待に遭わせないという強い願いも背景にあった。
平成27-28年度は完全施行ではなかったとはいえ、被虐待率が目に見えて落ちているということは、支援体制や方法論が導入されたが故か一定の抑止力が働いたと肯定的に評価してよいかもしれない。しかし、その後は、跳ね上がり30~35%の周辺で被虐待率はうごめいている。個別ケースのモニタリングならば、やや悪化してその水準で止まっているという評価になるトレンドだ。つまり、強度行動障害の方の人権状況は、一時的には抑止力や関心が働き改善されたが、それ以降はやや悪化したまま推移しているととらえることができる。
「強度行動障害を有する者の地域支援体制に関する検討会報告書」(令和5年3月30日)によれば、令和2年までの実績値として、強度行動障害支援者基礎研修修了者は87,423人、強度行動障害支援者実践研修修了者46,807人である。研修受講者・研修主催者の膨大な時間と尽力が投入されたことは否定しないが、数字は冷徹である。十分な成果を上げられなかったのだ。報告書では、「支援現場からは『学んだことを支援現場で取り組むことが難しい』などの意見もあり、研修修了者に対するさらなる専門性向上のための研修や、支援現場での実践を通じた人材育成を進めることが必要である。」として、令和6年度から職場での支援を行っていく為の上位研修として「中核的人材」養成研修を打ち出し、「中核的人材」へのコンサルテーションを面的に行う「広域的人材」の養成や期間を設けた「集中的支援」を打ち出した。中核的人材養成やスーパーバイザーの増員ための国家予算として、令和7年度予算として厚労省は概算で6億2100万円を計上しているとのことだ。何故、成果が挙げられなかったシステムを更に強化していこうとするのだろうか?それより、何が成果を上げられない要因なのかを分析し、システムを改善することが先ではなかったか?報告書には、何故『学んだことを支援現場で取り組むことが難しい』かの原因究明はなく、システムをどう拡大構築させていくかの提言になっているだけである。
前回の投稿等で指摘した通り、現在のシステムは事業所に強度行動障害支援の責任や虐待防止の任を押し付ける欠陥を持っている。報告書にそって、「中核的人材」が担う専門知識を整理してみよう。
①自閉症スペクトラム障害の特性・学習スタイルが説明できる
②(自閉症スペクトラム障害支援として)構造化の意味が説明できる
③機能的アセスメントが実施できる
④アセスメントから特性を見極めることができる
⑤家族の不安等を理解し共感に基づく支援関係を構築できる
⑥特性を生かした支援が提案できる
⑦チーム支援のマネジメントができる
⑧支援チームのメンタルヘルスケアができる
(?と思うのは、知的障害の特性や学習スタイル、心理について説明するスキルは求められていないことだ。)
自閉症スペクトラム障害のエキスパートであるばかりでなく、機能的アセスメント(応用行動分析)のエキスパートで、家族や関係機関、支援チームに対するソーシャルワークやスーパービジョンやコーチング、カウンセリングもできなければならない。どの分野もそれなりの教育機関での学習・研究・演習を修めなければ習熟できないスキルだ。人材不足にあえいでいる支援現場のどこに、高度な研修を長時間受けさせる余裕があるというのか?それより、すでに、専門課程を修了した専門家を各都道府県単位で招集し、専門チームを編成し、支援現場に介入してもらう方がよほど有効だ。育成に掛ける手間と時間より、今虐待の危機を回避するスピード感こそ必要だ。その実践の中で、支援現場も刺激を受け、専門知識やスキルを向上できると思う。
僕自身は、現行の強度行動障害支援システムの制度的、理念的に致命的な欠陥は、「加算」制度にしたことと思っている。
「強度行動障害を有する者の地域支援体制に関する検討会報告書」(令和5年3月30日)では、強度行動障害の標準的支援について以下のように述べている。
「WHOによって平成13年に採択されたICF(国際機能分類)では「障害」の背景因子について、個人因子と環境因子という観点から説明されている。ICFにおける環境因子とは「物的環境や社会的環境、人々の社会的な態度による環境の特徴が持つ促進的あるいは阻害的な影響力」とされ、強度行動障害を有する者への支援にあたっても、知的障害や自閉スペクトラム症の特性など個人因子と、どのような環境のもとで強度行動障害が引き起こされているのか環境因子もあわせて分析していくことが重要となる。こうした個々の障害特性をアセスメントし、強度行動障害を引き起こしている環境要因を調整していくことが強度行動障害を有する者への支援において標準的な支援である。」
*ICFの理解として、知的障害や自閉スペクトラム症を個人因子に分類するのはどうかと思うが、ここではその点は置いておく。
知的障害・自閉性スペクトラム症×環境要因=強度行動障害
という定式が成り立つのであるが、どちらの要因も個人の責には帰することができないものである。環境要因は、今風に言えば、「環境ガチャ」みたいなものであり、強度行動障害は長年にわたって続くものでもある。医療に例えて言えば、本人の責に帰することができない難病みたいなものだ。指定難病はそれ故、その治療については公費負担となっている。
利用契約制度における「加算」システムとは、利用者本人が購入する標準サービス料金に対するオプション料金のことである。事業者側には、代理受領制度になっているから、市町村が立て替えた自立支援給付が直接事業者に支払われるので普段意識はしないが、支払われた給付は、利用者が支払うべきサービス料金の立て替え分なのだ。区分6の利用者が障害者支援施設を1ヶ月利用する際の標準サービス単価を30万円としよう。行動障害のない場合は、本来支払うべきサービス料金は30万円。同じ区分6でも行動障害があり、その施設が重度障害者支援加算を取っていたら、30万円+10万円(加算分)が支払うべきサービス料金として算定される。養成研修に行かせたり、行動支援計画を作ったり、そのフォローやモニタリングをするコストが上乗せで発生するのは当然だ。しかし、そのコストの対価である10万円は利用者個人に負担させるべきだろうか?本人は望んで強度行動障害になったわけでもないのに、積算すると多額の金額となる重度障害者支援加算を負担しなければならないのだろうか?
これは、自立支援法訴訟で否定批判された障害者は障害が重い分より高負担を負わなければならなくなるという受益者負担主義の変形パターンではないか?と思ってしまう。このことを無批判に受け入れていくならば、重度障害者の高負担を部分的に肯定することになり、平等性を支援側が自ら否定していくことになると思うのだ。
ある意味、知的障害福祉という「業界」は、自らを否定していく危機に立っているのだと思う。