社会福祉事業法は、昭和26年3月29日法律第45号として、国会において成立し、都道府県及び市においては福祉事務所設置が義務化され、町村においては福祉事務所設置ができることとなった。戦前は、都道府県及び六大都市については、児童保護行政については、学務部に社会課を置き事務を担っていたが、児童課といった独立した専門部署はほとんど設置されなかった。その他の市や町村至っては、設置の実績もなく、地方長官から任命された無償の方面委員が市町村長の補助機関として救護法・母子保護法の事務を担うだけであった。その点から見れば、市町村に生活保護法・身体障害者福祉法・児童福祉法を担う公的な専門事務所ができることは格段の進歩だったと言える。また、戦前の児童虐待防止システムと比較するならば、広域的な都道府県が被虐待児を発見するよりもより地域に密着した市町村の機関が取り組む方が大きな進歩と言えるだろう。
22年法と26年法の関連する部分を都度都度引用し比較してみる。
一般的に、「保護者のいない児童又は保護者に監護されることが不適当であると認める児童」について、昭和22年法では、発見通告先について児童相談所しか設けなかった。
第25条(22年法)
保護者のいない児童又は保護者に監護されることが不適当であると認める児童を発見した者は、これを児童相談所叉はその職員に通告しなければならない。但し、少年審判所の保護処分をなすべき児童については、その限りでない。
26年法では、通告先に児童相談所より前に市町村・都道府県の福祉事務所が通告先として追加された。
(要保護児童の通告)第25条(26年法)
保護者のいない児童又は保護者に監護されることが不適当であると認める児童を発見した者は、これを福祉事務所又は児童相談所叉はその職員に通告しなければならない。但し、罪を犯した満十四歳以上の児童については、その限りでない。この場合においては、これを家庭裁判所に通告しなければならない。
*地方裁判所の支部とされていた家事審判所と戦前の司法省が管轄していた少年審判所が1949年(昭和24年)1月1日に統合され、家庭裁判所となった。
しかしこの市町村の福祉事務所を先行させる形の条文改正は行われたが、終戦直後の混乱期の臨時的な機関であった児童相談所が、むしろ関与・指導は強化される方向で、条文は改訂されている。それが第2項である。
(福祉事務所がとるべき措置)第25条の二(26年法)
福祉事務所長は、前条の規定による通告又は第26条第1項第3号の規定による送致を受けた児童及び相談に応じた児童、その保護者叉は妊産婦について、必要があると認めたときは、左の各号の一の措置をとらなければならない。
一 第27条の措置を要すると認める者並びに医学的、心理学的、社会学的及び精神衛生上の判定を要すると認める者は、これを児童相談所に送致すること。
二 児童又はその保護者をその福祉事務所の社会福祉主事に指導させること。
三 第22条から第24条(助産施設、母子寮、保育所根の入所措置)までの措置を要すると認める者は、これをそれぞれその措置権者に報告し、又は通知すること
児童相談所の権限、関与の度合いはかなり強いのが、26条の改定でも見て取れる。
第26条(22年法)
児童相談所長は、前条の規定による通告を受けた児童について、必要があると認めたときは、左の各号(筆者注 条文は縦書きなのでこのように記載されている 以下同じ。)の一の措置をとらなければならない。相談に応じた児童についても、また同様である。
一 第27条の措置を要すると認める者は、これを都道府県知事に報告すること。
二 児童又はその保護者を児童福祉司又は児童委員に指導させること。
前項第1号の規定による報告書には、児童の住所、氏名、年齢、履歴、性行、健康状態その他児童の福祉増進に関し、参考となる事項を記載しなければならない。
(児童相談所長のとるべき措置)第26条(26年法)
児童相談所長は、第25条の規定による通告を受けた児童、前条第1号又は少年法(昭和23年法律第168号)第18条第1項の規定による送致を受けた児童及び相談に応じた児童、その保護者叉は妊産婦について、必要があると認めたときは、左の各号(筆者注 条文は縦書きなのでこのように記載されている 以下同じ。)の一の措置を取らなければならないについて、必要があると認めたときは、左の各号の一の措置をとらなければならない。
一 第27条の措置を要すると認める者は、これを都道府県知事に報告すること。
二 児童又はその保護者を児童福祉司又は児童委員に指導させること。
三 前条第二号の措置が適当であると認める者は、これを福祉事務所長に送致すること。
四 第22条から第24条までの措置を要すると求める者は、それぞれの措置権者に報告し、叉は通知すること。
②前項第1号の規定による報告書には、児童の住所、氏名、年齢、履歴、性行、健康状態その他児童の福祉増進に関し、参考となる事項を記載しなければならない。
この条文改定により、児童相談所→福祉事務所(児童福祉司)→児童委員というヒエラルキーが整理されてきていることが見て取れる。
児童相談所を頂点とするシステムのブラックボックス化に懸念も示されていた。
「兒童福祉法の解説」(財団法人 中央社会福祉協議会刊 厚生省兒童局企画課長 川嶋三郎著)によると、
「児童に対し強制的措置を必要とする場合に事件を家庭裁判所に送致する規定は、昭和24年法律第211号の改正により法第27条の2として新設されたものであるが、本年6月の改正前においては、事件を送致する権限は児童相談所長にも賦与されていた。しかしかような重大な権限は、地方公共団体における児童福祉行政の最高責任者である都道府県知事のみに賦与し、その責任の下に公正且つ慎重な判断を期待すべきであると考えられた結果、本年6月における改正において児童相談所長を削除した。」
つまり、児童の行動の自由を制限・剥奪する決定を児童相談所長の一存で行える実状にあったのである。公選制により選出された知事(地方長官と異なり、ある意味児童福祉行政官のサポートを受けなければならない存在)と専門機関ではどちらが強力な権限を持つことになるか必然である。26年法の目的の一つは、このような児童福祉行政において知事と児童相談所長が相並ぶ状況を解消することであったといえる。
第27条(22年法)
都道府県知事は、前条第1項第1号の規定による報告のあった児童につき、命令の定めるところにより、左の各号の一の措置をとらなければならない。
一 児童又はその保護者に訓戒を加え、又は誓約書を提出させること。
二 児童又はその保護者を児童福祉司又は児童委員に指導させること。
三 児童を里親(保護者のいない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童を養育することを希望する者であって、都道府県知事が、適当と認める者をいう。以下同じ。)に委託し、又は乳児院、療護施設、精神薄弱児施設、療育施設若しくは救護院に入所させること
前項第三号の措置は、児童に親権者があるときは、その親権者の意に反して、これをとることができない。
(都道府県知事がとるべき措置)第27条(26年法)
都道府県知事は、前条第1項第1号の規定による報告又は少年法第18条第1項の規定による送致を受けた児童につき、命令の定めるところにより、左の各号の一の措置をとらなければならない。
一 児童又はその保護者に訓戒を加え、又は誓約書を提出させること。
二 児童又はその保護者を児童福祉司、社会福祉主事又は児童委員に指導させること。
三 児童を里親(保護者のいない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童を養育することを希望する者であって、都道府県知事が、適当と認める者をいう。以下同じ。)若しくは保護受託者(保護者のいない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童で学校教育法に定める義務教育を終了したものを自己の家庭に預り、叉は自己のもとに通わせて、保護し、その性能に応じ、独立自活に必要な指導を希望する者であって、都道府県知事が認めるものをいう。以下同じ)に委託し、又は乳児院、療護施設、精神薄弱児施設、盲ろうあ児施設、虚弱児施設、し体不自由児施設若しくは救護院に入所させること
四 家庭裁判所の審判に付することが適当であると認める児童は、これを家庭裁判所に送致すること。
②略
③略
④略
⑤略
⑥略
しかし、その問題の条文 法第27条の2は、知事と児童相談所長の双頭体制を解消できただろうか?
(家庭裁判所への送致)第27条の2(26年法)
都道府県知事は、たまたま児童の行動の自由を制限し、叉はその自由を奪うような強制的措置を必要とするときは、第33条及び第47条の規定により認められる場合を除き、事件を家庭裁判所に送致しなければならない。
第33条とは、児童の一時保護についての規定である。
(児童の一時保護)第33条(26年法 22年法も体裁が異なるが同文)
児童相談所長は、必要があると認めたときは、第26条第1項の措置に至るまで、児童に一時保護を加え、又は適当な者に委託して一時保護を加えさせることができる。
②都道府県知事は、必要があると認めたときは、第27条第1項の措置に至るまで、児童に一時保護を加え、又は適当な者に委託して一時保護を加えさせることができる。
③この法律で定めるものの外、一時保護に関し必要な事項は、命令で定める。
入り組んでいるので、理解が難しいが、逆に解釈すれば、司法による審判なく、知事が何らかの措置を取るための判断材料を児童相談所が報告するまで(第26条第1項)児童相談所は一行政機関であるのにも関わらず、一時保護の名目で児童の権利を一定期間制限できるのだ。(親からの強制分離等)
そして
第32条(22年法・26年法)
都道府県知事は、第27条第1項の措置をとる権限の全部叉は一部を児童相談所長に委任することができる。
と知事は児童相談所長に一切権限を委託する為、
26年法は、都道府県知事を頂点とする広域的で一元的な児童福祉行政システムを作ろうとしたが、その実態は、市町村の課題もすべて児童相談所になだれ込み、市町村の専門性や権限強化につながらないシステムに容易に転落する余地を残したとも言えなくもない。
児童虐待防止システムについて、この児童相談所を頂点とするヒエラルキーはどのような影響を与えたのか?
第28条(22年法)
保護者が、その児童を虐待し、又は著しくその監護を怠り、よって刑罰法令に触れ、又は触れる虞がある場合において、前条第1項第3号の措置をとることが児童の親権者の意に反するときは、都道府県知事は、左の各号の措置をとることができる。
一 保護者が親権者であるときは、家事審判所の承認を得て、前条第1項第3号の措置をとること
二 保護者が親権者でないときは、その児童を親権者に引き渡すこと。但し、その児童を親権者に引き渡すことが児童の福祉のため不適当であると認めるときは、家事審判法の承認を得て、前条第1項第3号の措置をとること。
前項の承認は、家事審判所の適用に関しては、これを同法第9条第1項甲類に掲げる事項とみなす。
第28条(26年法)
保護者が、その児童を虐待し、又は著しくその監護を怠り、よって刑罰法令に触れ、又は触れる虞がある場合において、第27条第1項第3号の措置をとることが児童の親権者の意に反するときは、都道府県知事は、左の各号の措置をとることができる。
一 保護者が親権を行う者又は後見人であるときは、家庭裁判所の承認を得て、第27条第1項第3号の措置をとること
二 保護者が親権を行う者でないときは、その児童を親権を行う者又は後見人に引き渡すこと。但し、その児童を親権を行う者又は後見人に引き渡すことが児童の福祉のため不適当であると認めるときは、家庭裁判所の承認を得て、第27条第1項第3号の措置をとること。
前項の承認は、家事審判法の適用に関しては、これを同法第9条第1項甲類に掲げる事項とみなす。
二つの条文はほぼ同義であるが、22年法・26年法の二つの解説本を比較すると児童虐待に対する熱量の違いが鮮明になる。
「兒童福祉法」(財団法人 日本社會事業協會刊 厚生省兒童局企画課長 松崎芳伸著 昭和22年12月)においては、
第7章 兒童福祉の措置及び保障 第3節 保護者のない兒童、及び保護者に監護させることが不適當な兒童
(定義)(發見)(一時保護)(都道府縣知事の措置)(被虐待兒童についての特例)(里親)(親權)(教育)(勞働)(在所期間)(費用)
という目次を立て
(被虐待兒童についての特例)において
「保護者が、その児童を虐待し、又は著しくその監護を怠り、よって刑罰法令に触れ、又は触れる虞がある場合」は、都道府県知事は、児童相談所長の報告を待つことなく、その児童を、保護者の手許から引きはなし、適当な保護を加えることができる。「虐待し」というのは積極的虐待であり、「著しくその監護を怠り」というのは、消極的虐待である。「刑事法令」というのは、単に刑法のみならず、この法律の第60条はもちろん、罰則を規定した法令全部を含む。
32条で児童相談所に全面委任するようになっていたにもかかわらず、児童相談所に関係なく児童の保護のために都道府県知事が主導権を発揮する余地があったことを示している。
しかし、26年法を解説する「兒童福祉法の解説」(財団法人 中央社会福祉協議会刊 厚生省兒童局企画課長 川嶋三郎著)では
第6章 児童福祉施設の措置及び保障
第1節 妊産婦
第2節 乳幼児
第3節 身体に障害のある児童
第3節(原文のまま) 配偶者のいない女子とその監護すべきすべき児童
第4節 保育に欠ける児童
第5節 保護者のいない児童又は保護者に監護させることが不適当な児童
第6節 児童の心身に害の及ぼす行為の防止
第5節 保護者のいない児童又は保護者に監護させることが不適当な児童
第一 発見通告
第二 福祉事務所長のとるべき措置
第三 児童相談所長のとるべき措置
第四 都道府県知事のとるべき措置
第五 訴願
第六 費用
と整理され、第28条が都道府県知事の権限にあることを解説してあるのみで、22年法解説本に見られた被虐待児の保護について「特例」とまで名づける記述は記述されてない。むしろ、この第5節の力点は、少年法との関連で「保護者に監護させることが不適当な児童」=非行少年の保護が重点になっているのである。戦前のような熱く論議された児童虐待防止システムは、非行少年などの「保護者に監護させることが不適当な児童」の更生保護システムに取って代わられたのである。厳しい表現をすれば、児童更生保護の中心機関と整備された児童相談所(少年教護院の鑑別機関という前身)に便宜上児童虐待防止の役割を規定したのみで、被虐待児の保護という社会的課題に対して対応しないシステムが26年法において確立したと言える。何度も記述しているが、戦争孤児に対する児童虐待や児童人身売買は26年当時なくなったわけではなく、むしろ国は歴史に埋没させ、児童福祉行政としては「闇」に置かれることとなったのだ。
もう一つ児童虐待防止システムで忘れてはならないものがある。それは「警察の協力」である。この点は戦後どのように取り扱われたのだろうか?次回整理してみたい。