戦前の児童虐待防止システムは、地方長官(知事)を指揮責任者とし、警察・学校職員等と協力しながら、方面委員・民間団体が地域の被虐待児を発見保護していくシステムであった。地方自治体の首長が指揮をとり、警察・学校職員等と協力しながら、地域関係機関が地域の被虐待児を発見保護していくシステムをメインシステムと考えるならば、児童相談所が介在してくるシステムは、サブシステムとでも言っていい後発のシステムだったと言える。サブシステムと見なすのは、前回の投稿で示した取り、戦争孤児を狩り出すために少年教護院の鑑別機関をという児童の保護とはかけ離れた部署から動員された機関が被虐待児の保護という課題を担ったからである。その結果は、9万人とも推定される戦争で孤児となった被虐待児を歴史の闇に追いやることであった。

児童福祉法において設計された児童虐待防止システムは、戦前からのメインシステムをサブシステムが乗っ取っていく枠組みでもあったと言える。

昭和23年1月から施行された最初の児童福祉法では、

第25条
保護者のいない児童又は保護者に監護されることが不適当であると認める児童を発見した者は、これを児童相談所叉はその職員に通告しなければならない。但し、少年審判所の保護処分をなすべき児童については、その限りでない。

第26条
児童相談所長は、前条の規定による通告を受けた児童について、必要があると認めたときは、左の各号(筆者注 条文は縦書きなのでこのように記載されている 以下同じ。)の一の措置をとらなければならない。相談に応じた児童についても、また同様である。
一 第27条の措置を要すると認める者は、これを都道府県知事に報告すること。
二 児童又はその保護者を児童福祉司又は児童委員に指導させること。
前項第1号の規定による報告書には、児童の住所、氏名、年齢、履歴、性行、健康状態その他児童の福祉増進に関し、参考となる事項を記載しなければならない。

第27条
都道府県知事は、前条第1項第1号の規定による報告のあった児童につき、命令の定めるところにより、左の各号の一の措置をとらなければならない。
一 児童又はその保護者に訓戒を加え、又は誓約書を提出させること。
二 児童又はその保護者を児童福祉司又は児童委員に指導させること。
三 児童を里親(保護者のいない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童を養育することを希望する者であって、都道府県知事が、適当と認める者をいう。以下同じ。)に委託し、又は乳児院、療護施設、精神薄弱児施設、療育施設若しくは救護院に入所させること
 前項第三号の措置は、児童に親権者があるときは、その親権者の意に反して、これをとることができない。

「兒童福祉法」(財団法人 日本社會事業協會刊 厚生省兒童局企画課長 松崎芳伸著 昭和22年12月 前回と同様、昭和22年版と呼ぶ)では第25条の解説として
「保護者のいない児童」=「現に監護する者のない児童」(両親はないが、叔父の家に監護されている児童は、「保護者のいない」児童とはいえない。)(孤児、棄児、浮浪児等)
「保護者に監護されることが不適当であると認める児童」=「その保護者では、この児童の福祉を適当に図るというのことがむずかしいと考えられるすべての場合における児童」(保護者はあるが、その保護者が児童を意識的に虐待している場合を典型にして)(被虐待児、貧困児、精神薄弱児、肢体不自由児、虚弱児、不良児等)

③「発見した者」は、すべてこの通告義務がある。しかし、この義務違反に対しては、罰則の規定はない。児童福祉思想の向上にまつべきというべきであろう。「発見した者」というのは、見た者、聞いた者等、そういう不幸な児童のおることを知った者という意味である。現在のわが国の実情においては、特にこの義務履行を要求しなければならないのは、児童福祉司及び児童委員であろう。(原文のまま。但し、旧字体は改めている)
*親権者と保護者が書き分けられていることに注意

「保護者に監護されることが不適当であると認める児童」(被虐待児)の発見通報は、都道府県・市町村レベルに福祉事務所がまだないこの時代、児童相談所に通報を受け付ける唯一の位置が与えられた。都道県知事は、児童相談所長の報告を受けて、戦前の児童虐待防止法で条文化されたと同様の第27条措置を児童・保護者に対してとれるが、児童を保護者から強制分離させる点については、親権者の同意なしではできないと戦前の防止法にはない条件が追加された。

第28条は、昭和22年度版では、(被虐待児についての特例)として、解説されている。

第28条
保護者が、その児童を虐待し、又は著しくその監護を怠り、よって刑罰法令に触れ、又は触れる虞がある場合において、前条第1項第3号の措置をとることが児童の親権者の意に反するときは、都道府県知事は、左の各号の措置をとることができる。
一 保護者が親権者であるときは、家事審判所の承認を得て、前条第1項第3号の措置をとること
二 保護者が親権者でないときは、その児童を親権者に引き渡すこと。但し、その児童を親権者に引き渡すことが児童の福祉のため不適当であると認めるときは、家事審判所の承認を得て、前条第1項第3号の措置をとること。
前項の承認は、家事審判法の適用に関しては、これを同法第9条第1項甲類に掲げる事項とみなす。

昭和22年度版では、都道府県知事は「児童相談所長の報告を待つことなく」保護者から引き離し、適当な保護を加えることができ、「親権者の意に反する」場合でも司法(家事審判所)の承認が得られれば、引き離すことができると解説している。この点は、戦前の虐待防止法の論点である行政処分で家族に公権力が介入する危険性を克服したものと見なしてもいいと思われる。

児童虐待防止法の脆弱点を児童福祉法は解消した、つまり戦前からのメインシステムを改善した面は評価してもいいが、一方で、

第32条
都道府県知事は、第27条第1項の措置をとる権限の全部叉は一部を児童相談所長に委任することができる。

第33条
児童相談所長は、必要があると認めるときは、第26条第1項の措置をとるに至るまで、児童を一時保護に加え、又は適当な者に委託して、一保護を加えることができる。
都道府県知事は、必要があると認めるときは、第27条第1項の措置をとるに至るまで、児童相談所長をして、児童に一時保護を加えさせ、又は適当な者に、一時保護を加えることを委託させることができる。
この法律で定める外、一保護に関して必要な事項は、命令でこれを定める。

昭和22年版では、この点は「全部委任か一部委任か、叉は全然委任しないかは、都道府県知事の決定することである。委任は事務簡渉化のために行われる。」と自由選択を建前にしながらも、都道府県知事に知事が持つ全権限を委託することを容認したことで、多くの都道府県で、横入りのように児童相談所が児童虐待防止の全権限を獲得することになったと推測される。この点は、都道府県・市町村に福祉事務所が立ち上がっておらず、知事公選制で逆に進む知事権限の弱体化の中では、寄せ集めの機関で作った児童相談所に当座任せるのは致し方がなかったのかもしれない。しかしこれにより、メインシステムは児童相談所というサブシステムを活用して何とか体裁を取り繕ったと評価するのが妥当とも思われる。この当座の臨時的なサブシステムが、時代を下る中でどのようにメインシステムのようになっていくか見ていこうと思う。

*「占領政策」の一環として1946年(昭和21年)9月に府県制および東京都制が改正され(「府県制」は「道府県制」に改題)、従来、いわゆる官選であった地方長官(府県知事・北海道庁長官・東京都長官)を住民の直接投票によって選挙する公選制が導入された。1947年(昭和22年)の日本国憲法施行を前に同年4月に行われた最初の知事公選選挙が行われ、同年5月3日、日本国憲法とともに地方自治法が施行されると、4月に公選された地方長官はそのまま地方自治法による都道府県知事に移行した。それにより、皮肉なことに各省の出先機関設立の動きが加速化し、それまで知事に与えていた権限を主務大臣に移し変えたりして、各省が力を持つことになり、機関委任事務によって中央に従わざるをえない,各省ごとにタテ割りとなった行政を統制できない知事を誕生させることになったと指摘されている。第一回知事公選と内務省 一旧官選知事大量当選の背景一 小西、徳懸

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