閑話休題
職場の若い支援スタッフのスーパービジョンを行うと、必ず出てくる不満として「求人が来ない」「給料が安い」という声が多い。人材確保や人材育成をテーマにした研修に行けば、どのように人を集めるかという実践の成功例が宣伝されている。しかし、全体として人手不足や低賃金構造が変わったという話は聞かず、要はいかに法人や経営母体が人材確保のために資金を投資し体制を作るか、そのためのツールやプラットフォームは何かという問題の取り上げ方が多いと思う。
今回は、データはやや無視し、思考実験的に介護・福祉「業界」が何故人事不足・低賃金になっているかを示そうと思う。
その際の前提となる考えは、当たり前の話であるが、「質のいい商品(サービス)には、質に見合うだけのコストがかかっている。」ということだ。この命題から展開してみよう。
例えば、高級ホテルのスィートルームを考えてみよう。ここに宿泊する客は何十万でも高額な金額を払って宿泊する。それは、提供されているルーム設備・ラグジュアリーコストやよく訓練されたホテルマンの人件費の合計が宿泊代金と見合っているから、宿泊客は納得して高額な料金を払っているのだ。入所施設で生活する場合、個別化された居住空間や専門的に訓練された支援スタッフが投入されることに越したことはない。しかし、これは当然それなりにコストがかかるサービスのは当然だ。障害があっても、個別化が守られ、安全が確保されるためには様々な設備が必要だ。当然それには、資金投入が必要となる。専門的に訓練された支援スタッフも同様だ。基本的な学力、スキルまた専門技術の訓練教育という手間暇をスタッフに投入するということはそれだけ、支援スタッフの労働価値を上げることになるから、人件費はコストアップする。従って、人件費も上がって当然なのだ。
高級有料老人ホームはこの原理で運用されている。一流ホテルの様な住環境、行き届いたスタッフが準備されている。その為の裏付けとなる料金は、高額であり、場所によっては数千万円の前払いをする所もあると聞く。これは、サービスコストを利用者に転嫁している典型的な例と言える。
バブルが終わり銀行の放漫経営が問題になった頃、銀行員の給料が高すぎるのではないかと言う批判が起こったが、銀行員がある程度高給を得る事には合理性があった。何故なら、銀行員は顧客の個人情報に直に触れたりするからだ。個人情報や口座情報を悪用しない為に、高額な報酬と引き換えに法令遵守を誓約させ、信頼を保つのが銀行員を雇用する側のルールだった。これは、個人情報を保護するには、お金を対価として人件費をアップするという形が必要であることを示唆している。高級有料老人ホームのスタッフの給料が高くなるのはある意味当然なのだ。
今でこそ、介護サービスは介護保険で、障害福祉サービスは総合支援法でとなっているが、介護保険法は介護保険給付、総合支援法は自立支援給付の給付法であることがすっかり忘れ去られ、あたかも老人福祉・○○障害者福祉の理念を二つの法が語っているように勘違いしているように見受けられる。(理念法と給付法については別稿に譲るとして)考察の上で、重要なのは、介護保険給付は、高齢者等の保険料で、自立支援給付は税金を財源にしている事、この二つの給付は、本来利用者が購入し支払うべきサービス料金に対する給付である事である。特に二番目の点は、代理受領と負担上限額設定が基本なので、事業者も利用者も実感していないが、サービス購入者が支払うべき金額を保険や税金で補填しているのが、社会福祉基礎構造改革以来の利用契約制度の肝だ。利用契約制度では、利用者がより良いサービス受給を希望する→購入サービス料金は高くなる→(皆がそれを希望するならば)介護保険給付・自立支援給付の総額は増大する→財源である保険料・税金が増大する→徴収される保険料・税金は上がる。というサイクルは必然だ。特に介護保険は、高齢者自体が増え、そもそも介護保険給付の総額が増えている中、より良いサービスを望めば、ますます介護保険給付の総額は跳ね上がるので、その分徴収される保険料及び介護保険財政に投入される公金は増大するのだ。保険料が上がると必然65才以上の高齢者等の負担が増えるということで、保険料アップについて保険者である市町村や健康保険組合は二の足を踏まざる得ない。
これは何を意味しているのか?保険料は上げづらいとなれば、個別に支払われる介護保険給付も渋らざる得ない。つまり、そこそこのサービスしか支払えないということになる。従って、人件費もそこそこしか払えない。つまり、人件費は抑制のベクトルが働きやすいのだ。
平成26年(2014年)6月「介護・障害福祉従事者の人材確保のための介護・障害福祉従事者の処遇改善に関する法律」が成立し、厚生労働省は「加算」の導入によって介護・障害福祉従事者の給与処遇改善を進めた。「加算」とは結局、標準単価に対するオプションサービス料金の追加である。つまり、給料アップ分は利用者の保険料や徴収される税金に転嫁されているだけである。こんなシステムで給料が満足いくように上がるか?と思う。
従事者のモチベーションが給料の多寡にあるのならば、価格設定が抑制傾向になる公的な制度での入所施設より、顧客から取りやすい自由契約の有料老人ホームの方に従事者が流れるのは目に見えている。当然介護保険給付や自立支援給付で運営される事業所に人は集まらなくなる。これが、「給料が安い。」「人が集まらない。」の底流にある問題ではないだろうか。
社会福祉事業の担い手を確保する責任は、経営者にだけ責任があるのではない。これまでも、社会福祉事業とは公金が投入される福祉事業であると定義してきた。まして、国には憲法において社会福祉を増進する責務があると規定されている。人材確保の一義的な担い手は、国会・政府にある。
実際、社会福祉法では
第九章 社会福祉事業等に従事する者の確保の促進
第一節 基本指針等
(基本指針)
第八十九条 厚生労働大臣は、社会福祉事業の適正な実施を確保し、社会福祉事業その他の政令で定める社会福祉を目的とする事業(以下この章において「社会福祉事業等」という。)の健全な発達を図るため、社会福祉事業等に従事する者(以下この章において「社会福祉事業等従事者」という。)の確保及び国民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針(以下「基本指針」という。)を定めなければならない。
2 基本指針に定める事項は、次のとおりとする。
一 社会福祉事業等従事者の就業の動向に関する事項
二 社会福祉事業等を経営する者が行う、社会福祉事業等従事者に係る処遇の改善(国家公務員及び地方公務員である者に係るものを除く。)及び資質の向上並びに新規の社会福祉事業等従事者の確保に資する措置その他の社会福祉事業等従事者の確保に資する措置の内容に関する事項
三 前号に規定する措置の内容に関して、その適正かつ有効な実施を図るために必要な措置の内容に関する事項
四 国民の社会福祉事業等に対する理解を深め、国民の社会福祉に関する活動への参加を促進するために必要な措置の内容に関する事項
3 厚生労働大臣は、基本指針を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、総務大臣に協議するとともに、社会保障審議会及び都道府県の意見を聴かなければならない。
4 厚生労働大臣は、基本指針を定め、又はこれを変更したときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。社会福祉法において、こうした人材の不均衡・偏在を防ぎ、福祉人材(この場合は介護人材)の確保をする
と定められている。
法律の内容は、社会福祉事業を経営する者の自主性を尊重しているからか、社会福祉事業等を経営する者への指針という緩やかなものなっているが、憲法の建前から言えば、基盤整備として、従事者を数や質の担保にまず国が明確な目標値を持つべきと思う。人材確保の議論でいつも不思議なのは、少子高齢化や就労人口が急速に減っていく社会において、経済力を維持するために労働力をいかに効率よく配分していくかを真剣に考えなければならないのに、つまり、農業は何万人、製造業、サービス業に何万人、福祉分野や公的セクターに何万人の労働者を確保しなければならないという真剣な目標値を出さなければならないし、そのためには国会や政府が国民に対してたたき台を出さなければならないのに、そんなグランドデザインは見たこともない。少なくとも、政府は目標値を明確にし、福祉人材の不均衡を是正し、必要数を確保する必要がある。
政府が決してさぼっていたとは思っていない。ただ、政府の推計値はどんどん悪化しているのが見て取れる。
2025年時点での、介護人材の供給ギャップは
労働人口も縮小し、介護分野の推計でも数値がどんどん悪くなっている中で、一経営者の努力は、結局競争相手を出し抜くだけの行為になってしまうし、知的障害分野で外国人労働者を雇用する試みが始まっているが、こうした行為も全体の介護人材情勢から考えれば、供給ギャップをささやかながら拡大していくだけだ。一部の者が勝ち残り、社会福祉事業全体としてはやせ細っていく角を矯めて牛を殺す行為に走っているとしか考えられない。資金力や宣伝力に力点を置いた一部の「先進的な」経営体のみが生き残る未来を想像してしまうのは悲観的であろうか?
障害福祉分野の人材確保については、どうだろう。厚生労働省HPを見てみれば分かるが、2014年10月3日社会保障審議会第6回福祉人材確保対策検討会で「障害福祉分野の人材確保について」というテーマで話し合われたぐらいしか確認できない。介護人材確保とは雲泥の差である。推計値も目標値も確定されず、「論点」として「介護分野と同様に、しっかりと人材確保策を講じていく必要があるのでないか」「障害種別ごとの特性や重度化・高齢化に応じたきめ細かな支援が可能となる様、障害特性に応じた専門性を持った人材確保が必要ではないか。」と紹介されただけだ。介護人材の質の担保や数の確保として、介護福祉士という国家資格取得者の待遇改善や掘り起し、外国人労働者の資格取得が現在の介護人材確保の軸だが、障害福祉それも知的障害福祉については質の担保となる国家資格もなく、どの母集団から人材を確保するのか?まして、政府レベルでこのテーマはこれっきりですでに10年近く放置されている現実をどう思うだろうか?この10年の間に、津久井やまゆり園があり、障害者虐待は増え、従事者は虐待者として責められ、そもそもの人材確保・拡大や質の担保の策もなく、どうすればいいのか。それでも事業者の自助努力を求められるのか。本当に人材確保の専門家は回答を出してほしい。
自分が思いつく緊急的な対策は、介護保険給付や自立支援給付とは別の公費で従事者の給料を保障することだ。利用契約制度・給付制度の枠内では、給料は上がらない。社会福祉の基盤を確保する社会的コストとして国民全体が税金の形で給料を保障することは道理ではないだろうか。具体的な方策は別稿で述べたいが、利用者への給付にコストの負担を転嫁することは、社会福祉の自殺行為につながるとも思っている。
新年早々、熱くなってしまった。本年もよろしくお願いします。コメント欄はいつも開放しているので、疑問や意見があれば投稿してください。